初めての大きな試練(1997年 11月のこと)

 夜中、珍しく 目がさめてしまい、時計を見る。
まだ こんな時間か・・・・すると電話。
「息子さんが、交通事故で 病院に運ばれました」
 
 まさにドラマの一場面のようなできごとが、明るい話題続きだった我が家で起こってしまった。
希望の大学に入学し、家を離れて始めての誕生日を その日迎えたばかりの二男が、
バイクで 転倒し 重症で今手術中だというのだ。
 家族で寄せ書きしたカードとお金が届いた、ありがとうという元気な声を
数時間前に聞いたばかりだったのに。
私は カードに「命を大切にしよう」と書いた。

 医師の話によると、「命は”今は”だいじょうぶ、しかし 脳出血の危険が二日間はある。
顔を強打しているので、えぐれたような傷が顔中にあり、鼻、頬、あごを骨折し、
歯は抜けてしまっているので 総入れ歯になるかもしれない」ということだった。
驚きと悲しみが 体中を走り、涙があふれ、ただならぬ様子に
起きてきた夫に 状況を話すのが やっとだった。
 できることは祈ることだけだった。
神は、その人が耐えることができないほどの苦しみは与えないと
聖書に書いてあったことを 思い出し、祈った。
命だけは 助けてください!
他のことなら どんなことでも耐えます、と。
 
 朝いちばんの新幹線に乗ったものの、着いたのは昼過ぎ。
顔中ガーゼが当てられ、痛々しい姿ではあったけれど、私達の顔を見て
「来てくれたんだ〜悪かったね・・」と言う声を、耳を寄せ やっと聞き取った時、
命だけは助けてもらったことを、心から神に感謝した。

 雨の降る夜だった。
後方から来たトラックをよけようとして、所々ふたのある溝の、
ふたのない部分に車輪が入ってしまい転倒し、顔からつっこんでしまったのだ。
首の骨を折らなかったのは、不幸中の幸いだった。
警察の人はあとで、助からないと思った、と話していた。

 とはいえ、敏感な口の中が いちばん重症だったため、治療では痛みが頂点に達し、
終わった時には けいれんを起こし、車いすで運ばれてくることもあった。
子供の苦しみを見て、代われるものなら代わってあげたい、と親は言うものだが、
私は、私だったら とても耐えられないだろうと思ったものだ。

 
子供4人、にぎやかに暮らしていた時期は、あっという間に 夢のように過ぎ、
今は、長女と二男が家を離れ、3箇所に家族が 別々に暮らしている。
姉が、大学の卒業研究で忙しくて 病院に行けそうにないと、
入院中の弟に、手紙をよこした。
私も、見せてもらったのだが、理学療法学専攻らしく顔や頸の骨の写真入りで、
弟を心配するやさしい気持ちと励ましにあふれた文面で、最後に
ーこの試練により 男をみがいてネーと書かれていた。

 兄も心配し、心を痛めていた。
二男が3歳のころ、魚をとっていた兄を、橋の上から 自転車にまたがって見ていて、
自転車ごと 2メートルぐらい下の川に、落ちたことがあった。
泣き声で 外に出てみると、ずぶぬれの二人が、手をつなぎ、
泣きながら こちらに走ってきた。
幸い頭を少し 切っただけだったのだが、二人とも泣いているので
どちらがケガをしたのか、最初はわからなかった。
二男は、泣きながら、
「お兄ちゃんが”死んじゃあ ダメだよ”って 言った」と言っていた。

 また、こんなこともあった。
二男が言うことをきかないので、夜 外に出して鍵を閉めてしまった。
「開けてよぉ」と、戸をドンドンたたき泣いている二男に
「いうことをきかない子は うちの子じゃない、どこかへ行ってしまえ!」と夫が 言うと
急に長男が、
「よっちゃんが いなくなったら嫌だ!」と泣き出した。
涙をいっぱいためた長女が、壁を擦り寄って行き
「開けてあげて いいでしょ?」と言いながら 鍵を開けてしまった。
その夜、二人は いつもと違って弟を”ちゃんづけ”で呼び、
弟を真ん中にして、手をつないで寝ていた。
その三人のかわいい姿は、今でも目に焼きついている。


 三人が小学2年、4年、5年の時に三男が 誕生した。
赤ちゃんが生まれるということを三人に知らせたときのことも、忘れられない。
「お母さん ありがとう!」と長女は 私に抱きつき、長男はすぐに友達に電話し、
二男は2階にかけ上がり、窓を開けて
「ぼくの家に赤ちゃんが生まれるんだよぉ!」と叫んだのだ。

 みんなに祝福され、愛されてスクスクと育った三男も、今小学校の最上級生。
兄のことが心配で、どうしても会いたいと、一人で新幹線に4時間乗り、病院に来た。
2泊し、帰り際 駅で、自分の小遣いから千円札を出し
「これで お兄ちゃんにおいしいものでも 食べさせてあげて」と言った。

 あれから9ヶ月。
まだ 週に2回通院し、心配なことはあるけれど、神はこのような試練を与えて、
息子や私達に教えようとしていることがあるのかもしれないと思っている。

 退院して間もないころ、息子が言った。
「いい勉強になったと思うよ。授業料は高くついてしまったけど・・
医学の力と人間の治癒力はすごいネ」と。
このことを バネにして生きていけ、という父の言葉を、しっかり受け止めているようだ。

                           
 (ファミリス作文コンクール新人賞)
 
「子供達」
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