高校の制服について 思うこと

 高校2年の三男の学校で、夏休みの始めごろ、三者面談をやった時のことだ。
15分ぐらいの面談の最後に、制服についてのお知らせの紙を渡された。
「2学期から、きちんとした制服の着方をしてない場合は、厳しく注意することになりました」
こういうふうに(と息子を見て)シャツがズボンの中に きちんと入ってなかったり、
腰でズボンをはくのは禁止です」と先生。
「あ〜そうですかぁ」と言いつつ 息子を見た。
確かに ゆったり(?)着てはいるが・・
先生方が目の色を変えて 取り組まなければいけないこと?・・・・・


 生徒を見て、まず 服装チェックをしたら、次に出てくる先生の言葉は 
「なんだ! その着方は!ちゃんとシャツを入れろよっ」
うちの息子だったら、そんなことを 言われるだろうな。
外側を見るより、暖かいまなざしで 心の中を見つめ(ようとし)、
人生の先輩として 希望を見出せるような言葉かけを して欲しい。

 大体 制服なんて、何のためにあるのか よく わからない。
次男が、高校の時、
「小学校でさえ 制服がない学校があるというのに、服を高校生に
自由に選ばせないなんて、高校生をバカにしてるんじゃないか?!」
と言ったことがあったが、 ほんとにそうだと母も 思った。


 偏差値教育、学歴偏重教育の見直しといいつつ、「偏差値」を表に出さないだけで、
高校入試の時は、資料にされている。
高校間の学力のレベルの差は、昔とほとんど変わらない。
数年前までは、高校入学者の名前が地方新聞で 発表されたが、今はそれはない。
どこの学校に入ったのか 知られたくない人の気持ちを配慮してのことだろう。
知られたくないと思うのは、高校の名前を聞いただけで 
自分を評価する世間の目があることを 知っているからなのだ。

 新聞発表はなくなったが、制服を見れば 高校はすぐわかる。
中学で落ちこぼれた子たちが集まっているような高校の子は、
制服を着て歩くことをどう思うだろうか?
勉強ができないイコール人としての価値がないわけではないという真理を、
十代の頃から わかっていれば、自分を卑下することなく 自分を大切にすることが
できると思うが、大人でさえ 分からない人もいるのだから、難しいことだ。



                     
                            2003 9. 5
 
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