輝いていた至福の時
「おたからコーナー」 捨てられません・・


 長女は、大学の時から家を離れ、早いもので10年目を迎えた。
男の子たち3人が、現在家にいる。
長女とは1歳違いの長男、さらに2歳下の次男。
次男が小学2年になり、ようやく手がかからなくなったころ、
3男が生まれ、その子も高校1年生。
随分長いこと子育てをしてきたという思いがある。  

 
 末っ子が小学6年の、確かゴールデンウイークの時のことだ。
断りきれなかったのだろう、ハイキングにしぶしぶついてきてくれた息子が、
若葉のなかで前を見て言いにくそうに言った。
「お母さんたちに付き合うの、これが最後だから」と。
この時を境に、どこへ行くのも子連れだった時代は、終わりをつげた。

 いつもいつも どの子かが私の側にいた。
頼られたり 甘えられたりする幸せに浸りつつも、
たまには ひとりで出かけたいものだと思ったこともある。
そんな生活がずっと続くような気がしたが・・。

 「お母さん、お母さん」とまとわりついてきてくれる時は、
過ぎてしまえばなんて短かったんだろう!
涙が出るほど懐かしく、きらきら輝いていた大切な時。
おんぶしたり、抱きしめたり 手をつないだり・・

 
 時には育児で悩んだりすることがあっても、母親としての喜びであふれていた。
私の関わり方が、子供の心と体の成長に大きな影響を与えてしまうんだ
という責任感もいっぱいだった。
 

 子供はいつか自立し、手もかからなくなり親から離れていくものだ。
上の二人は社会人となった。愛情もお金も時間もたっぷりかけてきたが、
その何倍分、何百倍分にもしてもう返してもらっているなあとしみじみ思う。
 
 幼い時の無邪気なしぐさ、
天使のような笑顔、
思いだせば微笑んでしまうような心和むことばの数々で。
存在してくれた、ただそれだけで。
子供たち 生まれてきてくれてありがとう!            2002 4.25

バンザイ 4人目が生まれるぞ


 4人目がおなかの中で育ち始めているのを知った日、小2・4・5年の3人の子どもの喜びようには、こちらがあっけにとられてしまった。
 5年生の長女は「お母さん ありがとう!」と抱きついてくるし、小2の次男は、2階にかけあがって 窓をあけ「ぼくんちに 赤ちゃんが生まれるんだよお」と大声で叫んだり、友達に知らせるために急いでとびだしていく子、電話をする子と大騒ぎ。
 
 ひところ「赤ちゃんが生まれればいいなあ」と3人が言っていた。次男が「お母さん、ご飯をいっぱい食べな。おなかが大きくなって赤ちゃんが生まれるから」と言うと、長男が「精子と卵子が合体しなければダメだよね。うまく合体すればいいのに」というので、苦笑したこともあった。
 そして、わが家にはもう赤ちゃんが生まれそうにないことを感じたのか、話題にのぼらなくなっていた矢先だったのだ。
 それからは3人とも、私の健康を心配してくれて、お手伝いもよくするようになった。
 
 すでに3人も神様から授けられているのだから、十分だと思っていたのに、もう家の中に4人目の子どもの空間ができ始めている。
 裕福な家庭ではないけれど、愛情だけはたっぷりとあふれるほど用意されて、みんなで誕生を心待ちにしている。

 1986年 6月24日 毎日新聞 「なんでも リポート」欄 掲載
                   
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