たくましく育て ! [T]



子供の遊び場は、年々 少なくなっているが 
それでも 子供は、のびのびと遊び 育つ。

紫外線の害のことは 話題にならなかった。
真夏の太陽の、ぎらぎらしたひざしが
冬の北風の、肌をさすような冷たさが
心身ともに子供を強くし たくましさをつけると
獅子のように、谷底に落とせはしないが
快適な環境のところにいたら 
ひ弱な子になってしまう気がして
掃除を丁寧にするより 子供と共に
自分の身を飾るより 子供と共に
外にとびだしていった。
親子とも いつも顔は日焼けし、手はがさがさ。
雨の日だって かさをさして 外遊び。
あじさいの葉の裏のかたつむりをつついたり 
水たまりの中を ピチャピチャと歩いてみたり
さっさと歩けば 10分で行けるところを 
遊びながら 1時間もかけて 歩いた。
家の中でも
こたつの板を 斜めにすれば
まだハイハイしかできない子も
スルスル スッテ〜ン
おもちゃの車をシュゥー。

たてかけたテーブルの足に 木登り
4人目で とうとう1本の足が おれてしまい。

布団を出して 押入れの上の段から
布団の上にジャ〜〜ンプ。
お父さんの腕に それぇ〜〜 
階段を数段上から ぴよ〜〜ん。
子供が健やかに育てといつも思ってた

休みの日は 家族で
瀬名から 曲金の実家へ 歩いて行ったのは
子供が5歳 4歳 2歳のころ。
石垣に上ったり 土手の上をわざわざ歩いたり
道なき道を歩いて 冒険気分
実家につき 2歳の2男の足を 
おばあちゃんが見て 
「かわいそうに〜」と言った。
小さな足に 豆ができて、まっかになってた。
おねえちゃんたちのあとを嬉々として 
くっついて歩いていたから
靴をぬぐまで 気づかなかった親も子も。
楽しさは 痛みを忘れさせてくれるのだ。
小学生になると、だんだん距離ものびていき
山梨県との県境に近いおばあちゃんちへ
歩いて行けるかな?と考えた・・
国道52号線にはいるあたりから 
子供たちと夫は車から降り
おばあちゃんちまで 約12キロぐらいを
歩いたり 走ったり。
今度は どこまで 歩いていこうか〜
そう 言い出すのは たいてい夫。
引越してきてからは
隣の市の藤枝や静岡にも  歩いて行った。
黒石川をさかのぼると どうなるんだろう?
川岸を上流に、次は下流に〜
それぞれ手作りのキルトのリュックに 
おむすびをいれ 水筒をかけ。
2男が 中学1年の時
静岡で部活の試合があった日のこと
帰りに静岡駅まで来て、
財布を試合会場に忘れたことを思い出した。
みんなに さきに帰って〜と言い
会場に戻って 探したものの財布がない。
そこで どうしたか!?
なんと 真っ暗闇の大崩を波の音を聞きながら 
焼津の家まで約20キロを 歩いて帰ってきた。
途中 親切なライダーが
「バス代 あげるよ」と言ってくれたというが
「ありがとう。でもいいです」と言ったんだって。
暴走族みたいだったけど
やさしくて ほめてくれたと感激してた。
人はみかけじゃわからないことを学んだ。
車の排気ガスが 地球を汚すことを
30年も前から心配し 
知り合ったころは免許証もなかった夫。
歩いていると 
小さな花や虫 
空気の香り 
行きかう人のまなざし
出会いが たくさんあることを 
自分自身が楽しんで教えていた

子供たちは 大きくなり
もう一緒に歩くことは ほとんどなくなり
上の3人の子たちは 車をもっているが
いざとなれば 自分の足で歩くことを厭わない 
たくましい人に育った。

                  2002  11.30
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