たくましく育て!  [U]

 歩くことって 楽しいことだ。
子供たちは 幼稚園 小学校 中学校と 
冷たい横なぐりの雨の日も
酷暑の日も 毎日 歩いて通った。
 幼稚園は 子供の足で30分位の所。
ある日 帰りがあまりにも 遅いので 
心配になって見に行ったことがある。

 田んぼの中の一本道を むこうから 
「えっ なにぃ?植木が歩いてくる!」
と 近づいてみると
背丈ほどの植木鉢を 
息子が 大事そうに抱えて歩いてきた。

「 それ どうしたの?」と聞くと
「田んぼの横に捨てて あったんだよ。
もったいないから拾ってきた!」
とハーハーしながら 得意そうに言った。

 どう見ても 立派な観葉植物だ。
後戻りして 捨ててあったところまで行き 
向かい側の家の人に聞いてみると
お水をあげる為に おいてあったという。
 あやまって お返しした〜。
おかしくて 笑い転げながら 
息子をぎゅっと抱きしめた。
 沢山の思い出の中から もうひとつ
このときも遅いなあと思い 
様子を見に行くと
2メートルほどの小さな橋の上で 
友達と息子と二人が 
並んで 小さなお尻を
川のほうにつきだして 
なんと うんちをしていた。

 お尻を拭いたティッシュと 
そのものたちの行方を まんまの姿勢で
目で追っていたかわいい姿は 
今でも 目に焼きついている。
 家まで 我慢できなかったのだ。
まさしく 自然水洗トイレ!
 20年近く前のことでもあるし 
どうか お許しを〜

ザリガニをつかまえたり 
バッタをとったり 
帰り道は 楽しい遊びの時間だった。
 小学生になると 友達と一緒に
歩きながら 話したり
途中カバンをほっぽり出して
道草したり 
時には けんかしたり。
 
 ジャンケンポンで 
負けた人がカバンを持つという遊びは
楽しそうだった。
まっかな顔をして3個も
カバンを持たされてたって 
いじめられてるわけじゃない
次の角まで〜 だとか 
次に猫か犬にあったら またジャンケン!
というふうに しっかり加減を考えていた。

 自転車に乗れるようになると 
家族で 遠くまで 出かけた。
海岸へ 隣の町へ 御前崎へと
どんどん距離は伸び 
50キロ離れた私の実家へも行った。
 行楽シーズンで 道路が渋滞中でも 
自転車なら すいすいっと
通ることができる。
 自転車の楽しさを知った子供たちは、
どこにでも自転車で 行くようになった。
 中学のとき 二男は 浜名湖まで。
友達に「行けるわけないじゃん。」
と言われ
「行けるよ、じゃ 証拠にうなぎパイを
買って来るっ」と言ってしまったと言う。

 父親と地図を見て、どの道を通るか 
1時間でどれぐらい進むか 
だとすると・・・
何時に出ればいいか 
綿密?な計画をたて 夜明けとともに
しゅっぱ〜〜つ!!
 で ・・ その日の夜 帰ってきた。
 誇らしげに うなぎパイをかごに入れ。
浜名湖を2分ぐらい眺めたんだって!

 このときは まだ幼かった三男が 
この数年後、
「県外へ 行ってくる・・それには 
浜松方面が一番行きやすい」と言って
やはり計画をたて 愛知県との県境を
ひとまたぎし、愛車とともに
誇らしげにピースした証拠写真を
撮影して帰ってきた。
 二男が 甲子園まで 行ったのが、
知っている限りでは 
一番長距離だったろうか。
寝袋と釣り道具?と タオルと歯ブラシ
少々のお金を持って 出かけたのは
大学1年の夏。
途中魚を釣って たんぱく質源に
するつもりだったらしい。
 高校まで、上の二人は 
家から片道6キロほどのところを
自転車で通った。
今 三男は 片道5キロ。

 娘から、「雨の日は、親に送り迎えしてもらう人が 多いんだよぉ」と聞いたが
ウチはウチッ で通した。
冷たい風の吹く雨の日や
夏の暑い雨の日に レインコートを着て、
自転車でなんて 大人になったら 
ほとんどの人がしないことだ。
 今だけの貴重な経験なのだ、
この子のため・・という思いで 
「気をつけてね」と手を振る。

 
決して 心配していないわけではない。
家から、子供が出かけていく後姿が 
小さくなるまで 見える。
 窓から背伸びして見るが
じきに見えなくなると 
ダイニングの椅子の上に立ち・・ 
そこからも見えなくなると 
2階にかけあがり 子供の後ろ姿を見る。
「事故にあいませんように」
「きょうも 元気に過ごせますように」
という祈りをこめて。

親という字は 
「木の上に立って見る」と書く♪
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