ア行

「哀歌」上下   曽野綾子著

 旧約にある「哀歌」と共通するもの〜絶望の中から神に訴える。” 苦悩のない人間は、人間性を失う。神も人も見なくなる”(抜粋)アフリカの修道院に派遣された修道女の春奈。レイプされ 妊娠した子供を産み育てようとする。”相手にとって いいと思われることだけを冷静に慎重に選んでし続けること”キリスト教の原点とも言えるアガペーの愛について また 深く思いを向けることができた。(2005. 4))
「愛の鬼才」 西村久蔵の歩んだ道    三浦綾子著

 会い 話し 関わったことがあった人たち すべての人の心に残り 影響を受けるほど、クリスチャンとして 愛を 行動で示した鬼才 西村久蔵。私が生まれたころ、55歳という働き盛りで 召天された。高校教師だった時、 朝 授業が始まる1時間前に 希望する生徒を集め 聖書を教えた。その多くは クリスチャンとなった。両親も 導いた・・ということが 今回 あらためて感動!!それに比べ(比べられないけど) この私は(泣)  (2005. 2)
「足引き寺閻魔帳」 澤田ふじ子著

 恨みを抱く相手の足を引っ張り、密かに伐をあたえたといわれる足引き寺。足引き寺だったと言われる寺が京都に3つあるのだそうだ。
多かれ少なかれ 誰でも恨みや辛みを心に抱くことは今も昔も変わらない。足引き寺が恨まれることだってあるのでは?とちょっと考えてしまった。(2006. 5)
「新しい人」の方へ   大江健三郎著

 中学生ぐらいの人に向けて 書かれた本なのだが、3倍以上の年齢の私にも ためになった内容だった。
丁寧に ことばを選ぶことの大切さを胸にきざむ。
〜ある年齢からは、それまでの生き方の習慣を洗い流してフレッシュにすることが、年齢にふさわしい「生きる練習」(抜粋)〜〜力がわいてくるわぁ!
「新しい人」とは 聖書から とっている。            (2003. 10)
 
「仇花」 諸田玲子著

 徳川家康の側室までに上りつけたお六。
男性社会の中で、密かに意志を持ち、強く生きた女性もいたのだろうが。                                    
(2005. 8)
「アフリカの瞳」 帚木蓬生著

 ストーリーを楽しむというより、訴えようとしていることが 胸をうつ。
アパルトヘイト後の 南アフリカで働く日本人医師と現地の黒人妻とが、HIVに感染して 生まれてくる子供を減らそうと 奮闘する。 
(2005. 2)
    「雨降りの心理学」〜雨が心を動かすとき〜藤掛明著

 著者は、臨床心理士。 小説の中の雨のシーンを探っていく。その小説を雨に関わる視点から 読んでみたくなる。”現代の社会は余裕を失い、問題を白か黒か、100点か0点かとふたつに分ける傾向をことさらに強めている。”と指摘”中間の成功や中間の失敗、中間の誉め方や中間の謝り方、中間の満足と中間の後悔。”を見直し 両極端ではない姿勢の重要性を説いている。(2012)
「アラスカ物語」 新田次郎著

 エスキモーの社会に深く根を入りこみ、その旧習をあらためさせ 村づくりをし アラスカで生涯を閉じた 実在した日本人 フランク安田こと 安田恭輔の一生を描いている。"ジャパニーズ モーゼ"とたたえられたという安田氏。
海外取材による長編。
(2005. 4)
「安楽病棟」  帚木蓬生著

 認知症の患者のための病棟での、さまざまな種類の痴呆の患者と家族の姿を描いている。痴呆があっても、その人が身についているものは、引きだすきっかけさえあれば(その機会を作ってあげられれば)、見事なかたちで現われるものだということは救いだ。(2006. 5)
「言い難き 嘆きもて」 大江健三郎著

 「大切なことを 正面に持って来る」 この1年 それがやれただろうか・・・と過去の問い方をされているということに、まず 敬服。
「絶望しすぎず 希望を持ちすぎず」というのが ルネサンスのユマニストの生き方というが、困難を抱えて生まれてきた息子さんとの共生に 必要な生活態度だと。
                                (2004. 9)   
「生かされる理由」 鈴木秀子著

 聖心会シスター。
自身が、臨死体験された。
どんなに悲しくつらいできごとであっても、たまたま起こる偶然のことではなく、必然なのだと言われる。死を前にした時、問われるのは「愛をもっていきてきたか」だけと。                    
(2003. 8)
「いのちまんだら」  灰谷健次郎著

 時間がゆっくり流れているような沖縄での暮らし。
学校教育に国語や算数があるように、食学科という教科を入れて欲しいと提唱している。食べ物が心に与える影響は大きいと私も思っている。
                                (2007. 8)
                  
    「いま、ここに生きる」 生活の中の属性
                    ヘンリ・ナウエン著
「べき」と「もし」を本当の敵と言う。やりなおしのきかない過去 予知できない未来にではなく、わたしたちが今いるところに神はおられると。
永遠のいのちとは? 憐れみとは?
 (2011. 4)
「癒しは沈黙の中に」  重兼千鶴 前島誠著

 ”イエスが十字架の死を遂げられるとき、「心頭滅却すれば火もまた涼し」と言われなかったから、ほっと安心するのである。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれて亡くなられたのは、なんとありがたいことだろう。私は死の瞬間まで人格高潔の立派な人間になる必要がないのである。じたばた騒いでもイエスの眼差しは私から離れずに、じっと見つめ続けてくださるのだ。”(抜粋)(2008. 7) 
「岩に立つ」  三浦綾子著

 ”罰を当てないキリスト教の神様が気にいった・・”と主人公の大工 棟梁 鈴木新吉。家の見えない部分を作る時にも、人が見ていない時でも、神様は いつも見ていると 手抜きすることなく 心をこめて 家を建てるクリスチャンとなった大工 新吉は言う。前の家が 欠陥住宅だったとわかる前 読んだことがあった本だが、今 また 読み直すと 心に残ることばが 違う。(2005. 2) 
「美しい庭のように老いる」  宮迫千鶴著

 ”自分の個性のままにふるまっても、それがエゴになることもなく、それでいて多くの人から慕われ魅力的な老人として大切にされること”絵本作家 ターシャ テューダーや佐藤初女さんのことを素敵な老人としてあげている。奇しくも最近同じ時期に宮迫千鶴さんもターシャ テューダーも亡くなられた。(2008. 7) 
「うるわしき日々」 小島信夫著

 82歳の時、書かれたもの。痴呆が始まった妻と前妻との子であり 障害を持ち アル中患者でもある息子。私小説か?お風呂に入った妻を残し、コンビニへ買い物へ行った帰り、涙が出ないのだけれど 泣く場面は、切ない。医師に”世話を焼くことなく 日常のことを協力するように”と言われ、どうすることなのだろうかと考える。
                    (2005. 3)
「エ・アロール」それが どうしたの?  渡辺淳一著

 高齢者の施設が 舞台。現在TVドラマ化されている〜観た事はないのだが。
ひとりひとり個性が違う人たちが、高齢者特有の症状をあらわす。
今は わからない部分もあるけれど、きっとそのうちわかるんだろうな〜
心と、肉体のすべて部分は、使わなければ 退化していくということはそうだろうと思う。
老化の速度を 遅くするには「刺激」が必要って・・そっか・・でもねぇ。    
                            (2003. 11)
「永遠の途中」 唯川恵著

 キャリアウーマンの乃梨子と主婦の薫。
どちらにも、私の姿とだぶる心情があり、よくわかる。
人は、自分で 選択したひと通りの生き方しかできないのだ。(2003. 9)

「営業のバイブル」  渡辺明日香 飯島淳代著

 底に流れるクリスチャン精神は、人と接する事から始まる営業でも生かされ、成績を残している。営業という仕事をされている人もこれからする人もためになる本だ。宣教という面でも 必要だと思う・・・「明るさ」「ユーモア」「人の話を聞く姿勢」「人をまず好きになること」など。(2008. 7) 
    「老いとそのケア」 斎藤友紀雄著

 ”脳の機能は記憶がすべてではなく、より深い知恵あるいは能力、また人格の円熟は加齢とともに豊かになる” (抜粋) いろいろな面で喪失体験を抱えている高齢者〜基本は何よりも高齢者をそれぞれ誇りあるひとりの人間として接するということであると。 そうしたいと思うし そう接してもらいたいと思う。(2012)
    「老いの才覚」  曽野綾子著

 『なにをしてもらうかではなく、なにができるかを考える」「料理、洗たく、掃除・・・日常の営みを人任せにしない」などなど、できそうで できていない老人が多いだろう。日頃から よく肝に銘じておきたいことだ。 (2011. 7)
    「老いること、死ぬこと」  鍋谷・森優 共著

 『人はあらかじめ人生の意味を考えておかなければ、老いをいきそこなう」トゥルニェ   すべてのことに神の意志を感じたい、神にゆだねた人生を生きたいと著者。ゆだねることは体験的にわかることかもしれない。  (2011. 6)
    「置かれた場所で咲きなさい」  渡辺和子著
 『他人任せでは幸せは得られない。自分が光となって世の中を照らそう』
『困った時に思い出され 用がすめば すぐに忘れられる そうきん 台所のすみに小さくなり むくいを知らず 朝も夜もよろこんで仕える ぞうきんになりたい(好きな先生の詩)』  光となって照らすこととこの詩のように目立たないところで仕えること 矛盾しているようで 共通しているものは?    (2013)
 
     「思い煩いからの解放」  J.E ハガイ著

 直接に感情を調整することはできないが、思いと行動を調整することはできる。
「いつも主にあって喜び」しかも一方では思い煩うということは、できない。祝福を数え上げる。熟練することによって平静へ・・・・パウロ方式「讃美 平静 祈り」→平安。
(2008. 12)