サ行

「最高に笑える人生」 曽野綾子著

 ”人間の生き方は、できれば目立たないほうがいい。・・・・略・・・たとえ心にどんな悲しみを持っていようが、うなだれずに普通に背を伸ばして歩き、普通に食べ、見知らぬ人に会えば微笑する・・”と。身近にいる年寄りを見ると それが簡単にできることではないと思わされる。”関心を持つことは それだけで愛の初め”ということばが心に残る。 (2006. 5)
「サイレントリー」 鈴木光司著

 短編集だけど、すっと その世界に引き込まれる。
短編だから、続きを知りたくなる。
特に「一輪車」は、心に残った。登校拒否に陥った娘をなんとか 学校に行かせようと必死になる父親。「サイレントリー」は、好きな作品 (2005. 6)
「殺人の門」 東野圭吾著

 憤り 憎み 恨み 殺したい欲求は どんどん高まり、門に近づいていく。全身が怒りのかたまりになるのを 小学生の頃から 20年間も待っている田島。つきまとっては利用し、うまいことばで丸め込んでいく倉持。ふたりの男の秘めた心理描写は 興味深く 引きこまれるように 読んだ。
                                 (2003.10)
  「裁きの家」  三浦綾子著
 ”自己主張の果ては死”と言う。自己主張→自己中心的な生き方。
とかく家の中で、そうなりがち。傍目には、幸せそうに見える家も 中に入ってみなければわからない。 解説は牧師の佐古純一郎。
                         
 (2011.2)
「寂しさの極みの地」 曽野綾子著

 ホテル経営者の妻 香葉子
一人息子は、優秀〜浪人し東大をめざす。
だから 「しあわせ」とは 言えない。人の心は、そう 簡単なものではないのだ。
息子は、母を嫌い(嫌われていると思っている) 最後には、自殺してしまう。
寂しさの極み・・・・(2004. 7)
「シーズザデイ」 鈴木光司著

 浜松出身の著者。知っている町が舞台になると 親しみがあって 背景が描けやすい。ヨットに乗っているような気分になる。筋が意外性があって面白くて いっきに 二晩で読んでしまった。
男性の女性を見る目が なるほどと思う。(2005. 6)
「塩狩峠」 三浦綾子著

 ”仏壇に手を合わせることだけが 供養ではなく、ご先祖様が見て 喜んでくれるような生きかたをすることが本当の供養”と信夫の母。M42年 2月28日長野政雄氏は、塩狩峠でブレーキがきかなくなった列車を止める為、線路に飛び込み 乗っていた人達の命を救った。実在した クリスチャンの長野氏を モデルにしている。塩狩峠ツアー参加を前に、読み直してみた。
何回読んでも 感動の 涙 涙〜(2005. 2)
   「シズコさん」  佐野洋子著

 本当に、こんな母親がいるのかしら?と思うほど、子供への愛の表現がヘタなシズコさん。 親を嫌いだと思う感情はわかる。わかるけれど、親としては、そんなふうに思われたくない。年をとり、違う人格になってしまったかのような親を看取ることは、寂しくもあり また救いでもある。共感できるものが多い。
                         (2009. 5)
  「死にゆく者からの言葉」 鈴木秀子著

 死を前にして、痛みなどがなく まだ 死が近いことを実感できないほどの状態のときは、理性も働くが 痛み 苦しみが強くなると、信仰さえ失ってしまう場合もある。しかし、それを過ぎ いよいよという時になると穏やかさを取り戻した人の話が載っていた。ほっとした。 (2009. 11)
「死ぬ瞬間」 死とその過程について
        E・キューブラー・ロス著  鈴木晶訳

 ロスは、ユングと同じ出身地なのだそうだ。
末期患者 200人にインタビューした記録。話すことにより、穏やかな気持ちで死を迎えられた人の多かったこと!現実には、重篤な患者は、質問したり 要望や死に対する気持ちを話すこともできないまま 亡くなる場合が多いということだ。

                       (2004. 9) 
「死のとびらを前にして」 看護婦バルバラの手記 
                        バルバラ リュック

 約 8年程前に、書かれた看護婦の内部告発とも言える書。
日本でも、病院内での事件は あるので、読んでみると やはり・・・・と思わせる。
心も身体も 癒されるような病院であってほしい。バルバラも 言っているが、ほとんどの人たちは、病院で死を迎えるのだから。
 (2004. 10)
「障害者は、いま」       大野智也著

 16年も前に 書かれたものだが、精薄障害者を知的障害者と言うようになったこと以外は、障害者のおかれた現実は、あまり 変わっていないかもしれない。
障害者の割当雇用率は、相変らず低い。
正社員の何パーセントかは、障害者を雇用しなければならないということで、パート労働者は 除いてということであるというのは、おかしいと思う。
(2004.10 )

 
「自閉症裁判」  佐藤幹夫著

  単なる「凶悪な通り魔殺人事件」として処理されてしまった実際にあった事件を追う元養護学校教員の著者。レッサーパンダ帽をかぶって、女子短大生を殺してしまった犯人は、自閉症だったことを ほとんどの人が知らなかったのではないだろうか・・・・正確に的確に 話すことができない犯人。裁判の難しさ  ひしひし。
                       
(2007.5 )
「自分づくり」 遠藤周作著

 今年の秋に出された新装版。本屋さんの沢山の本の中で、吸い寄せられるように目がそこにいったのは、遠藤氏力説するところの「阿頼耶識」がなせるワザだったのか?
決して 自分に絶望してはいけないと今も励ましてくれる。
「あれから少しづつ、心あったかな病院が増えてきている気がします」
三浦綾子さんもだが、もう新作が出ないことが 悲しいし寂しい。(2003.11)

  「死を怖れる人たちへ」  藤井禮子著

 ルーテル教会の牧師の娘さんが、若くしてがんになり 幼い子供たちを残して召される。親娘の関係の修復をされ、娘が死を受け入れ 迎える姿を見守る。
涙なしでは読めない。    
  (2011.6 )
  「人生には何ひとつ無駄なものはない」 遠藤周作著

 ”神とは存在ではなく、働きである” 存在するかどうかを議論するものではないと。その働きを自分の人生の中で色々な形で感じることができたと言われる。鈴木秀子さんは、ヨブと 最期病で苦しみの中にいた遠藤氏を重ねあわせ、人生の意味は苦脳を取り去る事ではなく起こって欲しくないことが起こったときでもそれを引き受けて行く時 見えると言う。 (2012)
  「人生の後半をひとりで生きる言葉」 曽野綾子著

 ”安心して喋れる。そうした防波堤のような相手が、少しずつ身の回りから消えるのが、晩年・老年というものの寂しさなのである。一口で言えば、老年の仕事はこの孤独に耐えることだ・・・徹底してこれに耐え、孤独だけがもたらす時間の中で、雄大な人生の意味を総括的に見つけて現生を去るべきなのである。”(抜粋)    (2012)
 
  「人生の 第四楽章としての死」  曽野綾子著

 『人は死を恐れるのではなく、死に至るまでの苦悩を恐れる』 
パウロの言葉『定められたときは迫っています。今からは、妻のある人はない人のように、泣く人は泣かない人のように、喜ぶ人は喜ばない人のように、物を買う人は持たない人のように、世のことにかかわっている人は、かかわりのない人のようにすべきです。この世のありさまは過ぎ去るからです」  
(2011.7 )
   「人生をやわらかに生きる対話」 曽野綾子・高橋重幸著

 高橋氏は、函館のトラピスト修道院修道司祭。
修道司祭とよばれる人たちの日常見かけない姿、思いなどををかいまみることができる。往復書簡
                                 (2014)
 
「すぐばれるようなやり方で変節してしまう人々」
                      曽野綾子著
”ブッシュの愚かさの結果としか言いようのないイラクの混乱は、果てしない”(抜粋) サダム フセインのような圧制的な支配者・ブッシュのような軽率な大統領を選んだのは市民である・・・日本もそういう指導者を選ばぬよう 気を許すなと警告。 (2007. 8)
  「すべて新たに」 ヘンリ・ナウエン著
 ”思いわずらうな・・・・神の国と神の義とをまず求めなさい。そうすればこれらのものは添えて与えられる」”マタイ6:31〜33」  まず この聖書の言葉から始まる。
”思い煩うとは 忙しく過ごし、多くの心配を抱えながらもつまらなさを覚え、恨みを抱き、抑うつ感に圧しつぶされ、しかもひどく孤独であるということ”(抜粋) 忙しくしてはいけないというのではなく、神を中心に置きなさいと言われる。 (2012)
「生活のただ中の神」 曽野綾子著

 「人はすべて 取るに足りない神の僕・・・現世の人たちが決めた地位、名誉、上下関係は錯覚に過ぎない。すべての仕事、この世における働きを、すみずみまで 知っておられ、それをことごとく正当に見ておられる神の前では、一国の総理大臣も、その他のあらゆる職業の人も、全く同じ大切な任務を果たしているのである」(抜粋)
               (2005. 10)

 
「聖書と終末論」 小川国夫著

 たとえば 聖書の「ヨブ記」などを 読むことは、悲惨な事態に備える・・”たとえ人が終末的様相の中に 陥っても、打撃をやわらげて その様相の意味を思い出し、神の空位を見守り、そこが埋められるのを 信じて待つことができるようにという 終末論には 心の準備の意味があると思う”と 言われる。よくわかる気がする。(2004.12 )
「生と死の幻想」  鈴木光司著

 日常のすぐ隣 紙ひとえのところに 死は厳然としてあることを 今更ながらに 気づかせてくれる。
それは、誰にもあるものだけれど、目前にせまって 初めて「まさか 自分の身に こんなことが 起こるなんて!」と思うものなのかもしれない。
短編集だが、読み応えがある。ファンになりそうな予感。(2004. 7)
「世界に学ぼう! 子育て支援」 汐見稔幸編著

 女性の社会進出が進む国ーデンマーク、世界の福祉をリードするスウェーデンなど6ヵ国の実態が書かれていて 興味深かかった。子供たちを”国の財産”と考え 子供にも親にも 手厚い国の援助の手がさしのべられている。「子育ては 生涯学習の一環であると確信をもって主張する」とカナダのファミリーサポートプログラム。
                            
(2004.11)
「蝉しぐれ」 藤沢周平著

 想像するのが難しいほどの 理不尽な縦社会。
親は切腹させられ、おふくは、殿の元に。
そんな中で 友情や恋心は 命をも惜しまないほど 純粋で 美しい。
NHKでドラマ化されているが、文四郎が TVのなかでは 今だ独身。
TVのほうも楽しみ。      (2003. 9)
                              
「其の一日」  諸田玲子著

 短編集。
それぞれの、最初の一文が 短くて インパクトがある。
”暁光は 白々しい
"(立つ鳥)
それだけでなく 最後の一文も。
”雪片がきらきらと舞い落ちて、大きくみはった目の中に音もなく吸い込まれた”(釜中の魚)(2004.12 )

「それぞれの山頂物語」 曽野綾子著

 「すべてのことから学べる。悪からも善からも、実からも虚からも おそらく学べる。狭い見方が敵なのであろう」と結んである。
いつも 読みながら、狭い見方とは?ということを教えられる。
キリスト教の思想を基盤に、生きていくことが できる幸せを感じながら。
                   (2004. 7)
「そらいろの手紙」   山崎孝子著

 土曜日のあなたに〜という副題がついている。日曜日教会に集うクリスチャンにとって、土曜日はひとりぼっちになりやすい日・・と筆者。
クリスチャンでない人が敬遠しないような、クリスチャンにしか通じないような言葉を避け 選んで言葉を使っている。受洗したとき、長尾牧師からいただいたもの。 数年に一度は引っ張り出して 読み返している。 
(2007. 7)