アイ・アム・ア・クリスチャン


 キリスト教との最初の出会いは、小学生の低学年のころだったろうか。父の姉妹である伯母たち 4人のうち3人はクリスチャンだった。
 テレビがまだ 普及してなかったころ 叔母が 「げんとう」を見せてくれた。信号もない 本屋さんもないような山の中の小さな村で毎日 暗くなるまで遊ぶだけの毎日を過ごしていた私にとって、その時見た、白い衣を着たイエスさまは、ずっとずっと忘れられないワンシーンとして 心に刻まれることとなった。

 閉鎖的な環境の中で、嫁として周りの人達の目を異常に気にする母と違い 都会でのびのびと自由に明るく強く生きている伯母たちは、魅力的に映ったものだ。
 物心ついて気づくと家には、キリスト教の月刊誌が居間に無造作に置かれていた。。伯母が送ってくれていたのだった。急須の下敷きになっていたり、それならまだいいほうで、封筒から出されることなく積み重なっていたりしたこともある。

 
 私が、結婚すると 嫁ぎ先に送られてくるようになった。90歳近くなった伯母が、なんと今も送ってくれている。
「サインズ オブザ タイムズ」という雑誌。http://www.yk.rim.or.jp/~jph/signs/index.html
 表紙の四季折々の風景や花などの写真が なんともステキ!いつの頃からか 届くのを楽しみにするようになった。読むと 慰められ 励まされ 勇気がわく 不思議な雑誌だ。

 就職したものの 生きる意味は? どうして生きていったらいいのか・・悩み多い日々を送っていた頃 同じ職場に夫がいた。
 最初から なぜか気になる存在だったのだが、「あの人 クリスチャンなんだって」という話を聞き いっきに 親しみの念でいっぱいになった。
 「クリスチャン」というだけで 信頼感がぐんと増し、警戒心?が全くなくなってしまい 家族や友達が驚くほど、す早く さっさと 結婚を決めてしまったのだった。


 この世的にいえば、赤い糸で結ばれていたというのだろうか?キリスト教的に言うと、神様の計画のうちにあったといえる。
結婚して 6年後 洗礼を受け 私もクリスチャンとなった。

 キリスト教は 思いや考え 行動など 生きるうえでのすべての基本になっている。
 隠れキリシタンをやっているわけではないが、普段の生活の中で 自分はキリスト教だという機会は あまりない。
 私はいつも 「神様がそばにいて守り導いてくださり 生きる知恵や力を与えられていることを感じながら生きている」ということを私の周りのほとんどの人たちは知らない。
                       2002  6.25

         
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