迷いは消えた♪

 
 私は、自然のなりゆきで 専業主婦となった。
子供達を自分で育てたいと思ったのだ。
第3子から末の子までの8年間のうちの数年と末の子が 手を離れてからは
主婦をやりながらでも できそうなことを いろいろやった。
家庭雑貨店などのモニター類、
パート事務、TVリサーチの仕事、
県民だよりのリポーター 
小学校の相談員・・・・
仕事には、最初は慣れなくても 少したてば、
その年齢なりの仕事はできたと思っているが
職場には、若い頃から続けてきた同年代の人がいて、
その待遇の違いに唖然としたこともあった。
子供を愛しみ育てる経験をすることによって、
忍耐強さや人への優しさなどが増し加わり 
(見えにくいけれど)人を豊かにさせてくれるものだ。
それらは、仕事の仕方にも表れてくるものだと思うのだが、
残念ながら そういう視点で、見られることは少ない。
 

 子供は、特に3歳ぐらいまでは、保育所などに預けずに 育てるべきだと思うが、
一旦 仕事をやめると 再就職が困難という現実がある。
私の場合も、小学校の教員は、再就職したい場合は、
再度 採用試験を受け合格しなければならなかった。
保育所を沢山 作るより、再就職したい母親を子育て経験をも評価し
職場で迎え入れてくれるような社会になったら、
よっぽど、少子化に歯止めができるだろうにと思う。

 いろいろと悩みつつ 仕事を探す私に夫が、こんなことを言ってくれたのだ。

「仕事には、お金を得られる仕事と得られない仕事がある。
生活をしていくために、お金が必要な場合は、そういう仕事をしなければならない。
我が家の場合は、自分がそれをするから くんはお金が得られない仕事をしなよ。
そういう仕事のほうが、案外 価値があるのかもしれない」


この夫のことばは、私を迷わせていた霧をみごとに消してくれた。
女性も男性と同じように働いて、収入を得なければ自立しているとはいえない
と思う人が多いというのに・・である。
 

 家族が気持ちよく 毎日を過ごすことができるように
掃除をし 洗濯をし、食事の支度をする。
ゆったりと 話に耳を傾けることもできる。
家族は 家でゆっくりくつろげる分、職場では 力を発揮できるに違いない。
社会で働く人を助けているということは、
間接的にではあっても、社会の為になっていると言える。
形は違うが、これも 男女共同参画社会では ないのかなぁ?

 「親でも誰でも、病で倒れた時には、いつでも すっとんでいって
介護ができる人がいることは すごくいいことだ」と 夫は言う。
人として大切なことだと私も思う。
ボランティアができることにも、感謝しなければいけない。
お金にはならないし、社会的に認めてもらえるわけでもないけれど、
それでもいいんだ、それだからいいんだ〜
と思えるのは 夫が理解してくれているお陰だ。

                                (2003年 12月 3日)
                                             
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