昔 おいおい泣いたこと 最近 ひっそり泣いたこと

 実家の前の家に かわいい男の赤ちゃんが生まれた。確か 私が小学校の3,4年の頃だった。お人形ごっこが大好きで毎日 あきもせず遊んでいた私の目の前に、泣いたり笑ったり、おしっこしたりする本物の赤ちゃんが現れたのだ!
 嬉しくて 見ていたくて かわいくて だっこしたくって 学校から帰ると 一目散に毎日、その家に行っていた。
 そのうち私のことを覚えてくれて 私の顔を見ると笑ってくれるようになった。

 まだ 2歳にはならなかった頃だったと思う。ある夜、その子のお母さんが泣きながら来て母に なにか話していた。後で聞いたのだが、しゅうととうまくいかなかったのだそうだ。おばさんが私に「ありがとうね。かわいがってくれて」と言うではないか。母に「今夜、家を出るんだって」と言われ ようやく状況が理解できた。
 と、同時に涙があふれてきた。今でも その時のことを思い出すと泣けてくる。あとからあとから涙が出て ヒック ヒックと泣ききっていた。
 胸をえぐられるような別れのつらさを 初めて知った時だったといえる。毎日、あの子と遊べない 顔も見れない、あの子だって私に遊んでもらえなくてどんなに寂しい思いをするだろうと泣けて泣けて、それから何日も、その子の家の前を通るたびに涙を流していた。


 それから15年後に、一度 その子が 家に来てくれたことがあった。おばさんが、私のことを話したことがあったのだろう。私に会いたいと来てくれたのだが、大きく男っぽく 成長したその子を見てびっくりしてしまい ろくに口もきけなかった。

 今年の3月まで 1年間小学校に 勤めていた。子供たちの相談に耳を傾けたり、1年生の何人かと 勉強をしたり 本を読んであげたり遊んだりと、 とても充実した日々を過ごさせてもらった。
 そこには 出会いがあり また 別れがあった。

 多くの子供たちを いつも視野にいれていなければならず、放課後もなにかと忙しい担任と違い、私は数人だけと深く関わることができたことは その子たちのために良かったことだったと思う。
 それだけに 別れはつらく 寂しくて、校長先生が「もう 1年」と言ってくれたのに 辞退してしまったことを、その時になって後悔した。
 人と関わるのがニガテな1年のK君が、最後の日 私の手を握り「今度 金曜日に来る?」(毎日の勤務ではなかったので)と言うので「今日が 最後の日だよ」と言うと 黙って出て行った。その後ろ姿を見送りながら、涙があふれ 止めるのに苦労したっけ。
 
 この子たちとの日々は、スキンシップたっぷりで 教師と生徒というよりも 母親と子供との関係に近かったと思う。
 話していると 「ねえ かあちゃん・・」と呼んでしまったり、「おか・・・」で 気づいたりということもしばしばだった。(夫にそのことを話すと「おばあちゃん・・と呼ばれなくてよかったねえ」と言われた。た・し・か・に・!)
 長い人生の中のほんの短い時間過ごした日々のことを 覚えていてくれるだろうか?忘れてしまうだろうと思うと 寂しくて 最後の日 ひざにのせたり 肩をくんだりして それぞれと写真を撮り別れた。

 
何年かに一度ぐらいは 写真を見て 忘れないで欲しい。あなたのことを 君のことを 一生懸命考え 大切に思い よりすばらしい人生を歩んで欲しいと心から祈っている者が ここにもひとりいることを!
 
 あれから、約 3ヶ月。市内のその小学校のそばを車で通る時、いつも 子供の姿を探してしまう。

                                 2002  6.27

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