説教のミニ解説【4】 最新   2019/02/9・10~
 

「わたしの言葉を聞き、それを行う人が皆、どんな人に似ている

かを示そう。それは、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置い

て家を建てた人に似ている。」 ルカによる福音書 6章4748

 

「主よ、主よ」という呼び声の中に、初代教会の様子も語られま

す。外面的には立派な祈りをし、美しいことばを用いてキリストを

伝えていたにもかかわらず、やはり偽善的な者もいました。主は私

たちの内面を見抜く方です。パウロは、「どんなにすぐれた賜物を

持っていても、愛がなければ無に等しい」と第一コリント書で語り

ました。今日のみことばでは、「わたしの言うことを行うかどうか

 によって、本当の弟子であるかどうかがわかる」と言われています。

そして、家を建てる場所の「土台のあるなし」が問題になっていま

すが、それによって弟子の生活の根拠(土台)は、神のことばを知

り、理解し、宣言するだけではなく、神のことばを聞いて、それを

行うことにあると教えています。      (2019/02/16・17)

 

「あなたがたの父が憐れみ深いように、

あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」

              ルカによる福音書 6章36節

イエスさまは、「悪」を容認されない。

しかし、イエスさまは、「悪い人を愛する」。正しい人だけを愛するのではな

い。ローマの信徒への手紙5:7~8「正しい人のために死ぬひとはほとんど

いないでしょう。

善人のためには進んで死ぬ人もあるいはいるかも知れません。しかし、まだわ

たしたちが罪人であったとき、キリストは、わたしたちのために死んでくださ

いました。こうして神は、わたしたちに、御自身の愛を示されたのです。」

 人間にはもちろん「正しい」「正しくない」について真実は判断できない。

それは「神」のなされこと。神に祈り求めること。神が中心。人間がその判断

の中心になるなら、自分の「正しい」と思う規準と判断で合わない人を排除す

ることになる。人間が善悪を独り占めする時、神を忘れ、「悪」になる。

                  (2019/02/9・10)