家庭教育月刊誌「ファミリス」掲載文

”はじめてのお母さま”へのアドバイス
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今、私に できること

環境の破壊は進み、凶悪犯罪は増加し、不況・
こういう世の中でも生きていかなければならない私達。
親として、今後の子供達の事を考えると、不安は、いっぱいですよね。
しかし、子供達は、どんな社会になろうとも、力強くたくましく生きていける人になって欲しいと思います。
その為には、どういう育て方をしたらいいのか、
私にできることはなんなのかと考えつつ、子育てをしてきました。

まず、健康を預かる者として、食材や日用品は、より安全なものを使うよう注意をはらっています。
リサイクルはできるだけする、物を増やす時はよく考えてからに等、ゴミは、最小限にするべく努力しています。

無農薬野菜を夫が作ってくれるので、これらの野菜をとりいれバランスの良い食事作りを心がけるのは、私の大切な仕事だと思っています。
お陰で、四人の子供達は丈夫に育ってくれました。
食べ物は、身体だけでなく心にも大きな影響を与えるということは、体験的に理解できることです。
子供がイライラしているように感じた時、カルシウムが足りないのかもしれないと、お弁当の隅に入れる小魚を多めにしたり!

たとえどんな所でもその場所で生きていくには、肉体的にだけでなく、精神的にも健康でなければなりません。
それには、小さい時からその時その時に、子供ができそうな事、 やろうとする事を子供にさせ、親は見守る側にいることが大事だと思います。
もしかしたら失敗して、痛い、つらい経験をするかもしれないけれど、
やらせてみることではないでしょうか。
これらのことは、幼児から、我が家の子供達のように成人した子供にも通じることだと子育てをしてきて感じています。

長女は、親から離れ、完全に自立し、自分が選んだ道を自信を持って、生き生きと歩んでいます。
弟達も姉に続いて、自立してくれたら、末の子の時には喜びにあふれ、叫ぶことでしょう、「やったぁ!ばんざーい」と。(4月号)

親の価値観

 
小学校評議委員会の後
「大変な時代になった・・」と先生がぽつりと言われました。

 こういう時こそ、大切なことはなんなのかを理解し、
親もきちんとした価値観をもって、子供に接していかなければ、
時代に流されてしまうでしょう。
「長いものにまかれろ式」ではダメです。
極端を承知で言えば、その結果、日本でも過去、戦争を起こしてしまったのですから。
長いものとは、多くの人達の考えややること、権力を持つ人達の考え。
それらがいつも正しいとばかりは言えません。

 子供が本を読まないと嘆く前に、自分がまず本を読みましょう。
本を読む親の姿を見て、自然と子供も本を好きになるはずです。
良い本からは、生き方を学べます。
年をとるに従って身体だけでなく心の柔軟さもなくなってきがちだと
思いますが、本を読むことは、新しい風を心に吹き入れる機会になり、
そういう自分をかえりみ、
確固とした価値観を作っていく助けになるのではないでしょうか。

 「学校から帰ってきた子供が、ゲームを何時間も毎日やっている」
それが、子供の心身の成長に、良いわけないと思いつつ、
なかなか止められなくて困っていませんか?
今の子供は、どこの子もみんなゲームをやっている、
それに、パソコンができたほうが、社会に出た時 役にたつだろうし・・・
そういう思いは、はたして子供の為になっているでしょうか。
少なくともパソコンは、私のように五十歳過ぎたって、
やる気さえあればできます。

 学校では、教師の力が、子供達に大きな影響を与えます。
でも、いくら教育のプロとはいえ人間なのです。
文句をつけたくなるようなことが、時にはあるでしょう。
そんな時は、親として、子供の為にしてやれることはなんなのかと
考えました。
目立たなくて先生には気づかれなかった子供の良さを認め、
ほめたり抱きしめたりすること、
自家製無農薬野菜たっぷりのおいしい食事を作ることは、
親の私に今できることだとよく思ったものです。
                      (3月号) 


巣立ちに必要なもの

 子育てをしながら働いていると、家にいる時間より職場にいる時間のほうが充実しているような気がする。
帰宅すると、家事に追われ、子供達の思いに心を向け、やろうとしていることをじっと待ったり、小さな心の変化に気づいたりする心の余裕がなくなってしまう・・・これは共稼ぎだったほんのわずかな時、私が経験したことです。

 子供は中学生ぐらいから どんどん親から離れていこうとするのは自然なことです。それまでの親の接し方 愛情のかけかたが間違っていなければ、その頃には子供自身で考えられるように成長しているはず。
そりゃあ あぶなっかしいし、実際失敗もするでしょうが。
そこへきて まだ子供の生き方を子ども自身に任せられず心配して口出しが多かったり、指示命令ばかりする親が多いのには驚きます。
子供もいつまでも親を頼りにしている・・もしかしたら、子供が親のぬくもりを求めている時、精一杯抱きしめ、話に耳を傾け、愛情を伝える子供との時間を十分とっていなかったということが原因となってはいないでしょうか。

 かもしかの子供の巣立ちの様子を、以前TVで観ました。
(確か)一年間ぐらいは、親は子供にしっかり寄り添い、厳しい自然の中で生きる方法を手本を示しながら教えているかのようでした。
そして巣立ちの時、子供は前日と同じように親のあとをついていこうとしますが、親は角で子供を寄せ付けません。
突然そうされてもついていこうとする子供、何回か繰り返し突放され、ついにあきらめ・・親から離れ生きていくのです。
親としてのその見事なまでの潔さを学びたいと思いました。

大きな選択の時〜進学。自分で選択し歩もうとする自信をこれまでの間に育てていきたいものです。弟が悩んでいるのを知り、姉である長女からメールが届きました、
「二つの道があってどちらにしようか迷った時は、お姉ちゃんなら大変と思えるほうを選ぶよ」
。                                        (2月号)

 時間のゆとりは 心のゆとりを生み

 
子育て中、夫になんでも相談し、いつも一緒に考えることができたことは幸せでした。といってもまだ終わったわけではないのですが。
今でも 二十代後半の子供達のことを、心配したり 気にかけたりしています。

 ふたりの話の最後には大抵夫が、
「突き放す所では突き放し、自分で考えさせ、進む道は自分で選択させ、愛情を注ぐ所では注ぎ、一生懸命子育てしてきたんだもの、間違った方向に行ってしまうわけがない」と自分に言い聞かすように私を慰めてくれます。

「あの時 仕事をやめて、もっと子供のことをみてあげれば良かった」と後悔することだけはしたくないと思っていましたので、私としては、仕事をやめたことは間違っていなかったと自己満足しています。

 時間のゆとりができると、周りの人達にも、より配慮できる心のゆとりも生まれてくるものです。まず、離れて暮らしている夫の元家族であり、子供達にとっては祖父母や曾祖母たちと仲良くしたいと思いました。

 それには、「孫という名の宝物♪」を連れて足繁く訪れること。自分の実家に一回行く間に、夫の実家には十回ぐらい行きました。いつも、子供達を中心ににぎやかで楽しく、嫁姑の争いなんて全くない家族になれました。
 
 そういう平和な中で、目の中に入れられてしまいそうな愛情を感じながら育ったことは、子供達の成長にとっても、すばらしいことでした。
犯罪や自殺などの悪の衝動が起こった時、悲しむだろう人を想像するものではないでしょうか。
きっと、親だけでなく祖父母達の顔も思い浮かべ、とどまってくれるだろうと信じています。

 また、心のゆとりができると、家族以外の人達にも目を向けられるようになりました。今は民生児童委員、母子福祉協力員、学校評議員などのボランティアをさせてもらっています。
ほんとに小さな力ですが、人のために働くことができることは嬉しいことです。
                            (1月号)

 
 本当に強い人って


 
一年を振り返ってみると、凶悪犯罪の多さに驚きます。
どういう理由があろうとも人の人生を断ち切ってしまう殺人は、
許されるはずがありません。
事件を起こした人達・・みんな人の子。
どういう育て方をされたから、こうなってしまったのでしょう。
いろいろな影響を受けて、人は育っていきますが、
親の責任は、大きいと思います。

 「やられたらやり返すくらいでなければ、厳しいこの世をわたってはいけない」と考える親や祖父母は、案外多いと子育てをしていて感じたものです。
幼児の頃は、身体の大きさで直感的に優位にたち、小さい子をたたいたり 
押したりすることがあります。
泣かされた子の親は「弱虫!すぐ泣くんだから・・やり返せ」と思い、
泣かした子の親は、「ごめんね〜あやまりなさい」などと言いつつ
内心、「うちの子 なかなかたくましいわ」なんて思っている〜
乱暴なだけなのに、たくましいと勘違いしているのです。

子供達がまだ小学校に上がる前、「オズの魔法使い」というミュージカルを
観に行った事があります。
その中で、「人の為に働く優しいかかしさんこそ 強い人だ」
という台詞がありました。
舞台でのシーンと共に、幼い心にしっかり植えつけられました。
本当に強い人は、暴力をふるったりしません。
人のために働く事ができる優しい人なのです。

もうすぐクリスマス。
クリスマスは、本来はイエス・キリストの誕生をお祝いする日です。
イエスは「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」と言われました。
優しい人は、自分を大切にするように、自分以外の人達も大切にします。
そういう人こそ 本当に強い人と言えるのだと思います。

親の価値観 人生観は、日々の生活の中で何気ない言葉や行動を通して、
良くも悪くも子供に伝わっていくのではないでしょうか。
願わくば、次世代を担う子供達に、良い影響を与えることができる親で
ありたいものです。
                              (12月号)

 
ひとつ叱って 三つほめ あとの六つは?


“口うるさい親”には、なるまいと思っていました。

 小言の類は、言いたいことの半分ぐらいを言う、
三回に二回は言わずにぐっとおさえる、
指示は、なるべく出さないと 心がけてきました。

 くどくどと感情のままに、まるで自分のストレスのはけ口のように
小言を言われても、心に響くわけはありません。
ある年齢になれば、じっと聞いていると親の人生観、価値観が見えてきます。
本当に私のことを思ってくれているのかと、ますます反発したくなるだけです。

 息子の友達A君(高校2年)のお母さんは、とても心配性です。
少し帰りが遅いと携帯に何回も電話し、それでも通じないと
私の家に電話をかけてきます。
A君は携帯に親から電話がかかってきても無視しているのだそうです。
確かに、家を一歩出れば、心配すればきりがないほど危険もいっぱいです。
中学生位から、子供が何をしているのか、つかめない時間が
どんどん増えてきます。
だからといって、電話しても、無視されるような親子関係であれば、
ますます関係が悪くなるだけ。

 親って、子供が勉強ができると安心し、
子供が心の奥で求めているものが見えにくくなり、
勉強がいまいちだとその子の長所が見えにくくなるもののようですね。
勉強がよくできる一握りの子以外の子供のお母様方(私も含め)
「勉強はそこそこだけど、こんなにいい所があるじゃないか、
思いやりのある、人の役にたつような人に育ててみせるぞ!」
と頭を切り替えましょうよ。

「子育ては、ひとつ叱って三つほめ、あとの六つは黙って見守る(祈り)」
と聞いたことがあります。
親に言われてやるのではなく、自分で考えて行動してほしいと思う時、
自分が歩む道なのだから、迷ったりしながらも
自分で見つけ選択してほしいと思う時、私はそっと祈ります。

                        (11月号)


 

競い合うこと

 私は、ソフトボールをやっています。この年になっても、勝った負けたと大騒ぎして楽しんでいますが、心の底には“たかがソフトボール”という思いはあります。

 今の子供達は、スポーツに限らず、この“たかが○○”というようなことで、友達と競い合い、喜んだり悔しがったりする経験が少な過ぎではないでしょうか?

昔は、ゴムとびやめんこなどの遊びや、学校では、なわとびや笛(級があった)マラソンなど、目を輝かせて競い合っていました。そういう中で、教えあったり 時には悔しい思いをしたりしながら、少しぐらいのことでは傷つかない、めげない強さも養われました。“たかが○○”なのですから!

 いつも大人の監督下にあり、大人によって操縦されているように見えることがある子供達。兄弟げんかさえ、気になるということはありませんか?
上の子がいばったり、下の子が負けじと向かっていくのは自然なことです。
ケガをしそうでない限りは、見て見ぬふりをしていましょう。
親が介入しなければ、子供達だけで解決する方法も学んでいきます。

 競い合う遊びは、家の中でもやっていました。
夫が「ボールを右に左にと十回投げるうちの何回取れるか」という遊びは、狭い居間で夢中でやっていたものです。

 そうそう〜相撲では、父に勝つと賞金が!静岡に遊びに行く約束をした友達に待っていてもらって、お小遣い稼ぎに、父の胸に必死でぶつかっていく中学生になった息子。懐かしくよみがえってきます。

 兄弟でもよく遊んでいました。「まだよちよち歩きの弟に触れずに(巧みな言葉やオモチャを利用したりして)居間から玄関まで連れていくのにかかる時間を競う」という遊びは、傑作でした。

 子供だけの世界の中で、競い合いながら自由に伸び伸び遊ぶ時代は、さなぎになり、やがて蝶になって飛び立つためには、どうしても必要な時なのだと思います。

                                              (10月号)


 

がまんも勉強


 親が、子供に口癖のように言っていたことって何だったんだろう?と、二十代半ばの息子に聞いてみました。
少し間をおいて「“我慢も勉強!”って、訳わかんないこと父さんがよく言ってたねぇ」と言うので大笑い。

そうだった、そうだった〜我慢させるということは、ほんとに大変なことでした。

 なにか欲しい時「み〜んな持ってる」と子供はよく言います。
「みんな・・って 全員ということではないよね」
「どうしても 欲しいの?今すぐに 必要なもの?」
と聞きながら、考えさせました。
「人は人、うちはうちっ」で我慢させることもありましたが、大抵は誕生日やクリスマスまで待たせるようにしたものでした。
文句を言おうものなら“我慢も勉強!”と言っていたんですね。

 ちなみに夫は私に「ちょっと貧乏なくらいのほうが、子供はじょうずに育つ」
とよく言っていました。
今 不況とはいえ、物があふれている時代です。
余程 気をつけていないと、欲しいものはなんでも気楽に買い与えてしまうということがあるかもしれません。

 お金では買えない大切なものーそれは親子で過ごす時です。
いつも車で行く道を、おむすびと水筒を持って隣の町や祖父母の家へと歩いて出かけたものです。
自転車に乗れるようになると、遠くへ、さらにまた遠くへと自転車を連ねて、よく行きました。
我慢を覚えさせようとしてやったことではなかったのですが、足にマメを作って歩いたり、オシリが痛くなるほど自転車をこいだ経験は、つらいことを我慢することなしには大きな喜びは得られないことを感じさせてくれたと思います。

 子供が親や兄弟と一緒に出かけたりする時は、あっという間に過ぎてしまいました。そのさなかには、ずっと ずっと続くような気さえしたのに・・。
自分の足で歩いたり 自転車をこいだりすることは、本来子供達は大好きです。我慢もさせながら、共に楽しむ時をどうぞ 大切に 過ごしてください。

                            (9月号)

 

子供達 ありがとう〜生まれ育ってくれて


 この夏、私のホームページが一歳の誕生日を迎えました。
多くの人達との出会いがあり開設できて良かったなあとしみじみ思います。

 世界に発信できることは、私の中で大きな位置を占めていることーと言えば「子育て」がまず最大のテーマです。
で「子供達ありがとう〜生まれ育ってくれて」というコーナーを作りました。
子供は、自立するまでの間預かった宝物だと思っています。赤ちゃんだった娘をダッコしながら、「自分で考え歩みだせる日が来たら、喜んで送り出したい」と友達に言うと「そんなことできるかなあ」と言っていたのを思い出しますが、あれからン十年私の思いは変わっていません。

 自分が信じる道をたくましく生きている娘が、ホームページを読んだと掲示板に書き込みをしてくれました。
「やるじゃん!母上! 面白いよ、これ」ですって。
次男は「いやぁ 育ててもらったのに“ありがとう”だなんて言ってもらっちゃって〜」と照れ笑い。

 ネットを通して知り合った鈴木さんは、子供が4人。
小学生の長男君は、自閉症という障害を持っています。「長男は、私達を選んで私達の子供として生まれてきてくれた」と言われ、明るく、しかもしっかりと子供を見つめて生きる姿勢には、教えられます。


 子供は、親の思い通りにはなりません。
特に見えや体裁ばかりを気にしていたとしたら、なおさらです。
もし、思い通りになったとしても、その反動が、なにかの形で現れてしまうことがあるのでは?と思います。
まるごと受け入れられ、まるごと愛されたと子供が感じることができたら、それは力強く生きる力に換えられていくのではないでしょうか。

 娘の書き込みは続きます「おじいちゃんが亡くなった時、“俺たちも父さんと母さんが動けなくなったら、みんなで看ようぜ”と弟1(長男のこと)が言ってました。子育ては成功だったのでは?楽しそうに生きているうちは、私達も自由に生きさせてもらいます」
                                         (8月号)

 

友達との遊びの中で 子供は育てられる


 
人は、人との関わりの中で生き方を学び、育てられていくものです。
人間関係を上手に作ることができれば、学校は楽しいし生き生きと過ごせるのではないでしょうか。


 とにかく小学校のうちは、自由に遊ぶことができる時間をたっぷりとってあげたいと思いました。そのために、塾は行かせない、習い事はどうしてもやりたいと本人が言い出したことだけ。やってみて止めたくなったら即止めさせると決めました。

 ひとりで遊んで楽しめることも大切ですが、何人かで遊ぶことで、時には傷つくことを言ったり言われたりしケンカして、そこで人の心の痛みもわかるようになるだろうし、共感し合う喜びも経験していきます。

 遊び場は年々減っていますが、それ以上に少なくなっているのは子供が自由に遊ぶことができる時間。
我が家の子にはそれがあっても、周りの子達が忙しければ遊ぶことができない現実もあります。それでも、合間をぬう
ようにして、仲間を見つけ、狭い所でも、基地を作ったり 缶けりをしたりとよく遊んでいたものです。

 小学校の高学年の時には、与論島でのサバイバルキャンプにそれぞれ参加しました。全国から集まってきた子供たちが方言でやりとりし、一緒にいかだを作ったり洞窟探検をしたりと、驚きの体験だったようで、帰宅すると目を輝かせていろいろと話してくれました。

 親としては、このような機会を多く持たせることや自分の子供たちの友達を、子供たちと同じくらいに大切にし、仲良くしようと心がけてきたつもりです。

今でも、もう少しで三十代の小学一年からの娘の友達とメールのやりとりしたり、結婚した息子の友達にお惣菜を差し入れしたりと大人の付き合いを楽しませてもらっています。

 学校大好きで過ごせたのは友達のお陰!
人の中でもまれ、十分鍛えられていますから、きっとたくましく生きていくでしょう。
                       (7月号) 

喜びにあふれた子育て

 一女三男の四人の子供を授かり、子育てができたことは、素晴らしいことでした。胎内に宿ったその時から、愛をもってはぐくみ続け、ひとり立ちできるようになるまでの長い期間大変なことは勿論ありましたが、それ以上の歓びがあふれるほどにありました。
三人の子供は成人し、末の子は高校一年、長かった子育てもそろそろ終わりに近づいています。


 今年の立春を過ぎたころ、仮住まいのアパートから新築した家に引越しました。アパートに移る時もでしたが、引越し屋さんは頼まず、息子たちとその友人とで楽々やることができました。

 「父さんはすぐ腰が痛いと言うから心配だし、指示ばかりだしてうるさいから 父さんが仕事の時やろうかぁ」と冗談が出るほど。
肉体労働を厭わないたくましい人によくぞ育ってくれたと思ったものです。

欠陥住宅だった前の家には、長女が小学校に入学する春から、三男が中学を卒業するまで住んでいました。壁から雨水が入り、シロアリと同居していましたが、そんなことなど気にならないほど、面白かったり悩んだり楽しかったりの四人それぞれの思い出が詰まった二十年間でした。

 頼りにされるということは、なんてステキなことでしょう。
「ぞうきん縫っておいてね!」「水着に名前つけておいて〜」「本読みするから 聞いて!」「明日は参観日だよ。来てね」などなど。
上の三人が小学生の時は、体操着の前後にゼッケンを縫い付けるのが、新学期が始まる前の夜なべ仕事だったなぁ。
親としての責任感と歓びにあふれた日々でした。人として成長させてもらえた気もします。

 この時こそが大切なんだと自分のことは後回しにしても子供のことを考え、子育てを優先したいという思いを貫いてきました。だからこそ今 自立した子供たちと自立に向かって歩もうとしている子供を平安な気持ちで見守ることができるのかもしれません。
                       (2003年5、6月号