雪の塩狩峠
 1909年 2月28日
長野政雄氏が乗っていた列車が、宗谷本線 塩狩峠で
連結部分がはずれ、後ろの車両が逆走を始めてしまった。
ブレーキもきかず、それ以上走ると急な坂になり 
脱線してしまうしかなかった列車に身を投じ 
列車を止め、乗客の命を救ったクリスチャン 長野氏。
実在した彼をモデルに、三浦綾子さんが「塩狩峠」を書かれた。

 毎年 その日には、三浦ご夫妻が行かれていた教会の教会員や
地元の方々の主催により
塩狩峠でアイスキャンドル礼拝などが 行われる。
昨年は、その時 ふぶいていたのだそうだ。
今年は 途中から 雪が降ってきたが、
それぞれ 手に持つローソクの灯が、消えることなく 
明るく灯っていられるほど 静かで 感動的な夜。
尊い働きをされた長野氏や三浦綾子さんを偲び、
私たちも同じ信仰に連なる者として、
与えられている道を”地の塩”となり
”世の光”となって 輝いて生きることができるようにと
讃美歌が、祈りの声が、 美しい粉雪に覆われた塩狩峠に流れた。
写真で見覚えのある帽子にコート姿の三浦光世さんの隣には、
綾子さんがそっと寄り添っているような錯覚にとらわれた。

 はっきり 言っておく。
一粒の麦は、地に落ちて死ななければ
一粒のままである。
だが、死ねば 多くの実を結ぶ。
         ヨハネによる福音書12章24節

「塩狩峠」の本をめくると、まず この聖書のことばが 書かれている。
死んでくださったのは、イエスさま!
私たち信ずる者は、「多くの実のひとつ」とされることが 約束されている。
この箇所は なんとなく わかったような気がしていたが、
神学校の校長先生である江藤先生のお話を聞き、
しっかり 理解できた。

次の日、”塩狩峠ツアーに参加して湧き上がってきた讃美と感謝の短歌”を
教会讃美歌213(あさつゆに)の曲に 合わせて歌った。
 車窓より見上げる雪の清らかさ 飛び交う天使の姿にも似て

 白むくの雪をながめつ峠越え 一粒の麦我が身にしみて

 雪深き塩狩峠のぼりゆく 命ささげし人を偲びて
 
 はらはらと散り積もりゆく粉雪に 覆いかくさる我が罪の身は

 鮮血を吸いし峠を覆いつくす 雪の白さよ「神は愛なり」

 塩狩に小雪舞いたる記念の日 無言のことば心にきざむ

 感動のアイスキャンドル目の前に 心新たに長野氏偲ぶ

 記念日の礼拝ささげ九十六度 アイスキャンドル聖霊のごと

 雪のはらゆらぐ炎に神の愛 われ今ここに立ちて身にしむ

 神よりの賜物受けて輝ける 齢重ねしそれぞれの顔

 ローソクを手に式典に集える人よ 塩狩峠と真実の愛よ
詠み人 略〜
私の拙い短歌も この中に 1首ある。
詠めば、思いや状況が鮮やかに 浮かんでくるのは、
やっぱり 自分は 長野氏のようには なれないと思いつつも
実際に雪の中を走る列車に乗り そこを通り、
氷点下12°の冷たさを感じ、
真っ白い雪を染める鮮血を見た気がしたから?

                                   2005年 3月3日
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