たけのこ見〜つけ

 ほんの数時間前までは、土の中だったたけのこは、茹でるとほんとにいい香りがする。春の香り、ふるさとの香り!
 だしを十分きかせて煮た掘りたてのたけのこが、大好きだ。食べたくて、まわりの人にも分けてあげたくて、車で1時間半ほどの実家の竹やぶへ、たけのこをほりに今年は、3回も行った。
 
 地中から、顔を少しだけ出しているたけのこを見つけるのは楽しい。
 見つけると、夫掘る人、私皮をむく人。杉林と竹やぶの境がなくなりかけている森の中で、グリーンシャワーをいっぱいに浴びていると、ついさっきまで「ヒロは、なんで勉強頑張ろうとしないんだろう?」などと鬱々としていた思いはふっとび、「テニスはあんなに一生懸命やっている。なんでも熱中できるものがあれば、まっいいかあ」とおおらかに考えられるようになるから不思議だ。

 
 「森の香りがするねえ」と夫がしみじみ言う。「入浴剤の香りだ!」得意のムードぶちこわし発言の私。  
 一昨年、父が急逝し、管理する者がいなくなった山に足を深く踏み入れると、斜面がくずれ杉の木や竹が倒れたままになっている。
 数えると20本以上も・・。
 
 一日おきにたけのこ掘っていた父。先祖伝来の山や畑を、それが当然であるかのように、静かに守っていた優しかった父の足跡が消えかかっているようでせつない。
 
 父がいた頃のように、家では大きな釜に薪でお湯をわかして、母が待っていてくれる。15本も掘ると、それでは間にあわなくて、隣の家のさらに大きな釜を借りて茹でるの
だ。
 
 「家のたけのこは、赤土だからエゴくなくておいしい」と、一人暮らしの母が口癖のように言う。
 茹でたたけのこは、袋に小分けにし、弟や叔母たち、友人の家をサンタクロース気分で回りおすそ分けしながら帰ってくる。
 
 「私が、亡くなった後もあんたたちたけのこを堀りに来てね」と嬉しそうに言う老いた母の言葉を思い浮かべながら、来年も再来年も、母がいつか本当に亡くなってしまっても、きっとゴールデンウイークになれば行くことだろう。
                                  2002  5. 5
                                        
「家に帰りたい・・・」切望しながら逝った父

 「家に帰りたい」
昨年11月まで仕事ができるほど元気だった父が、12月初め入院し亡くなるまでの1ヶ月間、いつも心を占めていた思い。
 最初の10日ほどは、もちろん元気になって帰るつもりだった。
しかし、肺炎は回復したものの他の病気を併発してしまい日に日に弱っていくばかりだった。
 話すことができなくなると、ノートに「ウチヘ カエリタイ シンデモイイカラ」と力ない字で書いた。
 
 ある時、私の手を取り 自分の首の後ろにもっていった。そこをもんでくれということなのかと思いもみ始めると、首を振るのだ。
よく見ると 口が「帰ろう、おこして!」と動いた。
 
 酸素マスク、肺から空気をぬく管、尿管、点滴、ひとつずつ取れ、一緒に家に帰れることをどんなに祈っていたか・・・どの管もつけたまま、父はとうとう逝ってしまった。
 こんなことになるのなら父の望み通り、無理にでも連れてかえればよかったと悔やんだ。あんなに、最期の時を、家で迎えたがっていたというのに。
 「お父さん、ごめんね、家に連れて帰らなくて」
毎日 遺影を見るたびに謝っていた。寂しそうに笑っているだけだった父が、このごろ語りかけてくる。

 「ここには、若くして戦場で命をおとした人たちや誰にも看取られず独りぼっちで息を引き取った人たちなど気の毒な最期だった人たちが、いっぱいいるよ。
 家には帰れなかったけど、父さんのそばにはいつもおまえたちがいてくれて本当に嬉しかったよ、ありがとう」と。

2000年 3月31日 静岡新聞 「つぶやき」欄 掲載
   
                                          
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