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博士の愛した数式」から (その2)

 一方、小学生であった時に学校帰りに博士の希望で必ず博士の家に立ち寄ることとなった〈ルート、(√)〉は宿題を教えてもらったり、野球の話をしたり、食事を一緒にしたりの楽しい日々を博士によって与えられる。


 そして長い時が流れた。

成長して中学の数学の教師となった〈ルート、(√)〉(吉岡秀隆)は授業で博士の思い出と共にこんな話をする。
「ルートマイナス1、(√‐1)」は存在するか?」
一人の生徒が正しく答える。
「マイナス×マイナス=プラスであり、√マイナス1は存在しない」と。
「そうです。これは虚数です。でもこれはここに存在するのです」と自分の手を胸に当てながら〈ルート、(√)〉は授業を続ける。

「永遠の真実は目には見えない、心の目で見なくては。
虚数はあり得ない数字ではない。√‐1は心のなかに存在する数字だ」と。

 数字を愛し、数字と呼吸し、話し、生き、数字の世界が全てかのような博士と、道ならぬ恋を心の奥に閉じ込め、ひっそりと隠れるように身を置き、博士を愛し、守ろうとする義姉の世間から隔絶したような生き方。
 未婚の母となり一人息子を育てるために家政婦となって、明るく生きようとする親子。その心の交流が、美しく温かに伝わってくる。

 そこにあるものは、華やかさでもなければ、豊かさに溢れた生活でもない。
価値のある有益な仕事を社会に残そうとする崇高な生き方でもない。
むしろ、一見何の価値も見出せないような余りにひそやかな人間の営みが、息遣いが聞こえてくる。

 そこには、形では決して現れてこない目に見えないもの、が美しく伝わってくる。
人間の真実、とは心のなかにだけ存在するものかもしれない。
〈ルート、(√)〉の口を通して、虚数について語りたかったのは、「星の王子様」の余りにも有名な言葉だったのだろうか。
サン・テグジェペリは「星の王子様」でキツネにこう語らせている。
『大切なものは、目に見えないのだ。心の目で見なくちゃね』

 私たちもまた、目に見える虚構の世界に生きている。
目に見えるだけの世界はアッと言う間に過ぎ去り、跡形もなく消え去ってゆく。
次々と新しいものが生まれ、古いものは滅び去ってゆく。
形あるものだけが大切ではなく、あなたが心で為している一つ一つのことに意味があり、価値があるのだと語りかけている。

 博士と義姉、家政婦親子の心を通じ合わせた、そのことにこそ、人間として生きた意味があるのだと。

「星の王子様」のなかで、王子様がキツネと別れる時、キツネと仲良くなったことを後悔すると同時に、それにたいしキツネが語る場面がある。
王子様がキツネにこう語る。
『相手を悲しくさせるのなら、仲良くならなければよかった』
キツネはこう答える。
『黄色く色づく麦畑を見て、王子の美しい金髪を思い出させるなら、仲良くなった事は決して「無駄なこと、悪いことではなかった」』と。

 「博士の愛した数式」も私たちが失いがちな【心の美しさゆえ】に、多くの人に愛されているのかも知れない。

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