乙武洋匡さん

 

 電動車椅子に乗った、表情がしっかりした、意志が強そうな若者が表紙を飾っていた。
もう、10数年前に出版された本の名前は、「五体不満足」だった。

 当時早稲田大学政経学部の学生だった乙武洋匡さんが、書いた本はたちまちベストセラーになり、その、爽やかでとにかく明るい生き方は大きな感動を呼び日本中に生きることの喜び、そして小さなことでくよくよとつまずき悩む人々の心に、生きなおす勇気を教えてくれた。

TVにも出演されたことがある。
”徹子の部屋”の番組で車椅子に一人で乗る姿を偶然見かけ力強い生き方に感動もした。その後スポーツコメンテーターの仕事に付かれたこと、同じ早稲田の学生と結婚された事、本人以外は一切の取材に応ぜず家庭をプライベートな聖域として、守っておられるというようなことを、断片的に記事などで知る程度でしかなかった。

 今どうしておられるのだろう。
日本中を感動の渦の中に巻き込んだ乙武さん。
30歳をすぎたいま、世の荒波をどんなふうに乗り越え暮らしておられるのだろうか。
あの明るい笑顔は人々に勇気をどんな方法で伝え続けておられるのか。
興味というのではなく、あらためてあの明るさを是非教えていただきたいと、心から思った。
新しく本を出しておられるなら、ぜひとも読んでみたかった。

 パソコンで検索すると、少し古い情報であるが2年ほど前の記事が見つかった。
有名人だったためであろう、過去に出版された本の記事を参考にしながら書き込みが加えられていた。
本の内容以外はあまり詳しく書かれていないが、さすが彼らしいな、と思うことを実行されていた。
なんと、それによれば小学校の先生をされている、との書き込みであった。
早稲田を卒業され、教職課程を明星大学で学ばれ取得されたとの事。

 限られた、狭い範囲で生きるのでなく、自分のしたいこと、するべきことを大きく広げ、誰も考え付かなかったような生き方に挑戦し、掴みとってゆく。
その、前向きな姿勢にはただただ、頭が下がる。

「障がいは、不便ではあるが不幸ではない」、と言う乙武洋匡氏。
私たち凡人の想像を遥かに超えるその、強靭な精神力。
すごい人だと改めて思う。

 ひるがえって、自らの日々をおもう。
有り余る時間をどう使っているのであろう。
マザーテレサの生き方に感動し、イタリアの神父、ドンボスコの生涯に思いを馳せながらも、毎日はどう変わっていったというのだろう。
どんな生き方も尊いし、これでなくては、という正解もない。
皆、それぞれにリタイア後の平凡な日々をやっと手に入れ、一所懸命にすごしているのである。
現役時代とは違う時間を与えられたのだ。
それでいいではないかとも思う。
残りの人生で、なにか特別なことを成しうるなどと思っている訳ではない。
傲慢にも、何かの役に立ちうるなどと言う不遜な気持ちを抱いたり、求めている訳では決してない。
だが、乙武氏をなぜ思い出し、何の教えを乞おうとしたのか上手に表現できないもどかしさもある。

 誰しも同じであろうが、現役時代は好むと好まざるとにかかわらず、右往左往しながらの毎日を過ごしてきた。
サラリーマンという競争社会の中で、生き残ろうと必死だった。
〈会社人間〉を皆で一緒になって演じ、またその渦中にあるということが安心感を与えてくれていた、奇妙な世界の中にいた。

 自由な時間を得たら、自分をごまかすことをやめ、清貧を尊いものとして、物事を深く考えても見ようかと思ったりした。
そして、ついに自由な時を迎えたが、月日がたつにつれ、安易に流れているだけの生活に、どっぷり漬かって、安心感こそ幸せであると満足している自分がいることにきづく。

 だからと言って、何の変化もない平凡なだけの毎日に満足できない贅沢な感情が、人を変化へと誘惑もする。
真剣に生きることはどういうことか、他人の生き方から学ぶことを忘れてしまったようにも感じた。
乙武氏から学ぶものは大きいのかもしれない。
心の隅にわき起こったのはそんな漠然としたものだったかもしれないと思った。

『人はいつも考えているものだ。 利口になるには、年をとらねばならないね。だが、実のところ人は年をとると、以前のように賢明に身を保つことは難しくなってくる』(ゲーテ)

賢人でさえむずかしいことだ。
凡人の落とし所はどの辺と心得るべきであろうか。

さあ、夜も更けてきた。そろそろ眠る時間としよう。
乙武洋匡さんは、今日もさわやかな、明るい笑顔をみんなに届けられたのだろうなと思うだけで心が明るくなってきた。

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