百万本のバラを貴方に(その2)

 3番目のお父さんが村へ戻ったのは更に数年してからのことでした。
その頃、最初のお父さんがもって帰った宝石で、村は見違えるように豊かになっていました。2番目のお父さんが教えてくれた心の在り方で落ち着いた雰囲気もでてきていました。
でも、話に聞いた、見たこともない街の暮らしのように、もっと物も心も豊かになりたいと思う気持ちが、ひそかに皆の心の中にように入り込んでくるようになっていました。一つ手に入れば二つ目が、そして、三つ、四つと終わりのない欲望が生まれてくるのが人間の自然な姿でした。
その意味で、村人たちも、ごく普通の人間でした。
ただ無事で帰ってほしい、その願いは少しずつ変わって、何を持ち帰るのだろうという期待のほうが日増しに大きくなっていました。

 そして老人となったお父さんが帰ったと聞くともうお祭りのように賑やかになっていました。
しかし、老人の持って帰ったものは、皆の期待とはどうも違うように見えました。
それは意外にも、ただの一枚の絵でした。
〈幸せは探しても見つからない。求めても得られない。棺の蓋を閉める時、自分だけが知ることができるものである〉
そういうと老人ははるか遠くをみるような眼差しで、流れてゆく白い雲にじっと目をやりました。

 強盗に襲われ命からがら逃げ出し、戦争に巻き込まれ、奴隷にされ、自由を得てからも知らない国を放浪して歩きまわったことなどを話してくれました。
〈幸せ〉を手に入れなければ村に帰れない、その思いだけが老人を支えていました。
顔に刻まれた皺が旅の厳しさを一つ一つ物語るようでした。

 グローリア国に行けば、大人から子供にまで親しみを持たれ、自分のことのように誇りに思われている人のことを聞くことができる。
もう本人は亡くなっていないけど、幸せな人生を送った人とは彼のことかもしれないよ。という噂を聞いた。
〈幸せな人生〉をどのように送ったのか、それさえ判れば〈幸せ〉とは何かが判るはずだ。
老人は、また遠くの国へ旅立ちました。

 やっと着いたグローリア国は小さな国でした。
国中の誰にも愛されている人が、だれかもすぐに判りました。
独学の天才画家と呼ばれた、ペータースマーロさんです。
グローリア国では、お店でも、酒場でも人の集まるところ、どこにでも絵が飾ってありました。
どこでもペータースマーロさんの話を聞き、絵をみることができました。
「小鹿とウサギのいる風景」や「村人のピクニック」などの絵はとりわけ皆に愛されていました。
でも皆が陽気に語るその口調とは似つかわしくない悲しいお話ばかりでした。
本当に幸せな人生だったのか、ふとそう思われました。

 ペータースマーロさんは8歳の時、両親を亡くし一人ぼっちになりました。
独学で絵を勉強すると、国中を放浪しながら絵を描いて歩きました。
素朴な、温か味に溢れた絵はしだいに人気が高くなりました。
それでも、街や、村の人たち、動物たちを描きつづけ、旅を続けていました。
ずっと、その日暮らしの貧しい暮らしでした。
時には一杯のワインと引き換えに絵を描いたのです。

 人気が高くなると、足を引っ張る人が出てくるのはどこの国でもおなじなのですね。
絵を学校できちんと勉強したのでもなければ、有名な先生から手ほどきを受けたのでもありません。
外国でも有名になりかけたころ、新聞は、〈幼稚で子供っぽい、正規な勉強をしていない、粗野な絵だ〉、と、けなしたり、ひどい言葉で論評したりしました。
失意のうちに放浪生活を続けたペータースマーロさんは貧しいまま、50才の若さでこの世を去ったのです。
でも、亡くなってからも絵を愛する人はどんどん増え、ついには、国中に愛されるようになりました。

 これはペータースマーロさんが描いた絵の1枚です。
老人が差し出したのは「女優のマーガレット」と書かれた絵でした。
明るい陽をあびて、若い美しい、健康的な女性が両手を広げこちらを向いている素朴な絵は、清潔感に溢れています。
マーガレットさんは隣のおおきな国の有名な女優さんでした。
グローリア国に来たマーガレットさんを一目みて、深く愛してしまったペータースマーロさんは彼女の泊っているホテルの前の広場を花で埋めつくして、その愛を伝えようとしました。
でも、出会いはただの一度だけで終わり、誰が何のために広場を花で埋めつくしたのか最後まで女優は知りませんでした。

 女優マーガレットさんに出会ってから15年後、ペータースマーロさんが亡くなる8年前になってからようやく、この絵が描かれました。
亡くなる時ペータースマーロさんが〈幸せ〉だと思ったかどうか、だれにもわかりません。
本人しか自分の人生の答えを出せる人はいないのですから。

 でも、はっきりしていることが一つあります。
それは、残された周囲の人々に、貧しくても、愛に恵まれなくても、人間の真実の尊さを残して行ってくれたことです。
素敵な人生を送った人だな、と心に暖かな灯をともしてくれたことでした。
人間が求めてやまないもの、それがここにはあると、老人は長い人生のなかで、苦労の果てにつかみ取ったように気がしたのです。
〈幸せは探そうとすればするほど、遠くへ逃げてゆく。何も考えずに必死で生きているときにだけ、こっそりと後ろをついてくる。〉
ペータースマーロさんの人生を見ていてそんな思いに駆られました。
それを伝えるために村へ帰ってきました。
どうしてもこの人間の真実を持ち帰らなければと思ったのです。

 老人の口から一つの歌が流れ出ました。
その歌詞は村人たちの心にしみるように響きわたってゆきました。

「小さな家とキャンバス  他にはなにもない。 

貧しい絵かきが女優に恋をした。

大好きなあの人にバラの花をあげたい、 

ある日街中のバラを買いました。

百万本のバラの花を、あなたに あなたにあげる。

窓から 窓から見える広場を 真っ赤なバラで埋めつくして。

ある朝彼女は、真っ赤なバラの海をみて、 

どこかのお金持ちがふざけたのだと思った。

小さな家とキャンバス、全てを売ってバラの花、

買った貧しい絵かきは、窓のしたで彼女をみていた。

百万本のバラの花を、あなたは、 あなたは見てる。

窓から 窓から見える広場は、 真っ赤な、真っ赤なバラの海。

出会いはそれで終わり、女優は別の街へ。

真っ赤なバラの海は、はなやかな彼女の人生。

貧しい絵かきは、孤独な日々を送った。

けれども思い出は心にきえなかった。

百万本のバラの花を、あなたに あなたにあげる。

窓から 窓から見える広場を 真っ赤なバラで埋めつくして。

百万本のバラの花を、あなたに あなたにあげる。

窓から 窓から見える広場を、 真っ赤なバラで埋めつくして。」

(加藤登紀子訳詩)

満足そうな息をゆっくり吐くと、静かに老人は横たわりました。
村人には、貧しい絵かきと、老人の人生がまるで重なっているように見えました。』

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