自然に生かされて

 

 中央自動車道を通り長野県原村へ入った。
山々と林がどこまでも続く。
彼方に見える頂は刻々と姿を変え、鋭くとがったり、青くかすんだり、雪をかぶったりと前や後ろに悠然と現れる。よく整備された道路の両側には雑木林がどこまでも続く。
カラマツ林だろうか、まっすぐに伸びた木が、複雑に傾斜する大地に黙って立ち並んでいる。
寒くなったせいもあろうが、点在する別荘には人影もまばらで声すら聞こえない。
時折、傍らに乗用車がおかれ人の気配も感じられ家もあるが、きっとにぎやかさに満ちていたであろう夏に比べれば、無人のような印象を受ける。
大自然の中で遠慮がちに人間が生かされ、許されてそこに住まわせていただいているのではないか、と思うような静かな営みがそっと置かれていた。

 まっすぐに伸びたよく整備された道路の先には八ヶ岳連邦の一つ、権現岳が目の前にそびえていた。
友人の別荘に案内され、道を踏みしめると昨夜の雪なのか僅かに、笹の葉の影に残っている。
部屋の中には4℃くらいの冷たい空気がじっと主人が到着するのを待っていた。
新しく買い替えたというノルウェー製の薪ストーブが燃えだし、湯を沸かし、ポトフを温める。
9時ごろには、男二人だけの世界が、しんしんと冷える戸外とは比べ物にならないほどに温かな部屋になっていた。
翌朝はストーブが消えてしまっていても、室温は何と20℃。
雪と氷の国の、寒冷地仕様である外国製住居の気密や、断熱の良さがこんなにも快適さを保つものかと驚かされた。
厳しい自然と共に生きてゆく人々が、寒さを乗り越える知恵として生み出した住まいはまた、自然を友とする美しさを身にまとっているようにも感じられた。

 友人が散歩に連れ出してくれた別荘地内にある自然公園は、林に囲まれた牧場を思わせるような、広々とした空間が広がっていた。
池のそばには長く伸びた霜柱がまばらに立っており昨夜の気温のグット下がったことを教えてくれている。
牛がのびのびと草を食むような広場はミニゴルフ場、芝が刈り込まれた傾斜地はグラススキー場になっており、散歩道には湿地帯も横になだらかに広がっている。
林の向こうには北アルプス、反対側には南アルプスが連なっていることを教えられた。

 若い頃、山に登り、野をかけ、奔放に歩き回った自然がこんなに雄大だと心から感じたことはなかったような気がする。
山はもっと孤独で、峻厳であったがその厳しさに向き合おうとする気負いを、まるで若さの特権のように得意そうに持っていた。
そうではないよ!と教えられたのは年齢がさせている熟成かもしれない。

 人間とはとてつもなく大きな自然から学び、自然を愛し、〈自然と共に生きる存在〉のようにずっと思いこんでいた。しかし、この年になって知ったことは、その考え方は、不遜かもしれないということだった。
人間が全ての主人公のように振舞い、〈共に生きる〉などと言う、思いあがった、過信めいた昂りを抱いていたのかもしれない。

 人間とは【自然の中に組み込まれ、自然に生かされている小さな存在】であり【謙虚に自然と向き合う儚き存在】であることにまで、深く思いを寄せることが少なかったことを、いまさらのように思った。

 自然と向き合う時に、一人の画家の作品に思いを巡らす時がある。
東山魁夷さんという日本画家である。
代表作は誰もが一度は目にしたことがある「道」であり、「緑響く」である。
東山さんの絵は風景画であり決して人間は登場しない。
またその作風は極端なまでに余分なものをそぎ落とし、単純化し、輪郭線が無い淡く柔らかな幻想的な独自の画風を確立したものとなっている。
「道」は真直ぐに延びるたった一本の道以外に何も描かれていない。
それを見たとき誰もが抱くのが、

【今まで歩いてきた道ではなく、これから誰もがあるいてゆく孤独で、緩やかな上り坂の果てしない道】
ではなかろうか。
楽な下り坂の道ではない。それは、峻厳では決してないが、唯、緩やかにつづく上り坂。
時間をかけ長い道のりを歩きつづけ、うしろを振り返れば、はるか下を見渡せる時がいつかは訪れるかもしれない人生という【上り坂】。
そんな雄大さ、をもっている絵である。
また、「緑響く」は森と湖と、小さく白い馬しか描かれていない。
何のてらいもなく、飾りもない、静かな世界がそこにはある。
幻想の世界、夢の世界ではないかと思わせ、見る人を遥か彼方の、時間が止まった世界へと誘う。

 東山さんは東京美術学校の1年生になったばかりの18歳の夏、56日で信州に一人旅したという。
その時に出会った信州の自然の素晴らしさが、生涯を風景画家として生きることを決意させた。
【描くことは祈ること】であると言った東山さんは、風景を描くことで自然によって生かされている自分を知り、また無常の中にある自然のほんの一部として人間は存在するのだということを語ろうとした。
〈無常〉とは、いいかえれば〈流転〉なのかもしれない。
〈常ならず、とは暗くさびしいことではない。常に変化することである。〉
立木の一本一本が成長しやがて朽ち果て、地に帰ってゆくように、人間もまた変化してゆく。
生々流転を繰り返し、命あるもの全て、いつかは終わりの時を迎える。
それが自然というものである。
自然に組み込まれた、限りある小さな命の営みである。
自分勝手な思いだけで、自分が全てをコントロールしているかのように錯覚し振舞うが、それこそ人間の思い上がりではないだろうか。
東山さんも事業の失敗ののち病床にあった父親を亡くし、相次いで母親を、そして愛する弟を29歳でなくした時に、人間もまた、自然に生かされ、無常な生命観の中に組み込まれていることを深く知った。
そして、それからは、人より偉くなろうとか、人によく見てもらおう、成功したい、有名になりたいなどと言う考えから抜け出し、無心になって「道」を描いたという。

 「山川の末に流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」
(山あいの川を流れてきたトチの実は、自分から川に身を投げたからこそやがては浮かび上がりこうして広い下流に到達することができたのだ)
雑木林の一本一本と同じように、自然の中に組み込まれ、自然に生かされている人間。アルプスの山々は何千年、何万年と雪をいただき黙って聳えたっている。
東山さんはその生涯を終えると信州の自然の中に葬られた。
18歳の時に初めて知った自然の大きな懐に抱かれるように。

 
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