辺見 庸さん

 半分眠ったままTVの音を聞くとはなしに聞いていた。
帽子をかぶった強面に見える、逞しげな男の人が目を開けた時に映った。
難しそうな言葉で何か噛みしめるような口調で話していた。
少し画面に映る仕草がぎこちなく、なんとなく不自然な姿に見え、気になった。
アップで映された時、その画面には顔と、時折左手だけが写され、その思索を伝えていた。やっぱり普通の映し方とは、どことなく違う。
話の内容は雑音のように耳を通るだけで、何も頭に残らなかった。
仕草だけが、頭の中にこだわるように、しこりのように残って眼をあけた。

 作家、辺見 庸さんの講演会でのお話の場面だった。
しばらくすると、聴講している高校教師たちが受講している映像に変わった。
途中からで話が全く分からなかったが、急にアップになった講師の口から出た言葉が突然、生々しく耳に残った。

『努力しないで、歩かないと歩けなくなってしまう。
そんな緊張感は嫌いではないですね』−−−こんな意味のことを語っていた。

話し終わって壇上を去る、辺見 庸さんの姿は、自分と同じだった。
何らかの理由で不自由さを抱えておられる。
左手だけで資料を持ち、もう一方の右手は麻痺が残っており、何も持たずにいる。
右足を引きずり一歩一歩ゆっくりと壇上を去ってゆく姿を映し出していた。
『努力しないで、歩かないと歩けなくなってしまう。』・・・その後ろ姿がもう一度、語っているように思えた。

 辺見 庸、これまで全く知らない作家であった。
興味を持って少し調べてみた。
1944年生まれ。早稲田大学第2文学部卒。特派員時代硬派で知られる。
中国での国内事情のスクープにより中国追放。
1996年退社。作家生活に入る。2004年脳出血により倒れる。」
そんな文字が並んでいた。
同世代だが丁度60歳の時、倒れたことになる。
不自由になっても歩行時一切杖は使用せず、誰の助けも借りず一人で何処へでも行く様子だった。
発音は明瞭、全く病気を人に感じさせまいとする口調であった。
「孤高の人」−−そんな言葉をふとおもいうかべた。

“寒くなると足がつってうまくあるけなくなるんですよ”
そんな意味のこともいっていた。
発症してから5年もの時間が流れている。
他人に見せる顔は、凛として真剣そのもので一切の甘えがない。
一度も笑顔を見せなかった。
生一本の硬派の男、という印象が強く残った。

 早速、あの強烈な生きざまを、息子に伝えてみた。
辺見 庸さんと言えば、有名な作家だという。
自宅にも「もの食う人びと」と言う小説があったともいう。
本の名前が即座に出るほど有名な作家だとは恥ずかしながら知らなかった。

 人間とは・・・一人の男の生き方について、しばらく思いを馳せた。
人は弱い。誰も何かに頼りたくなる。
自分で自分のことが出来にくくなったときなど尚更、甘えが出る。
人に頼りたくなる。
また、他人は何かをしてくれそうだと、期待もし、それがさも当然のようにふるまいがちになる。
生まれてきた時も一人、死んでゆく時も一人、生きている間もしばしば、孤独が襲う。たった一人で生きてゆくことなどできない人間は、その寂しさから逃げ出すように、愛する人を求め、仲間とともに生き、多くの時間を気晴らしで忘れようとする。
これもまた、人間の悲しい性なのである。

 しかし、辺見 庸さんの強さはどこから来ているのだろうか。
それとも、他人に弱さを見せないだけなのだろうか。

『努力しないで、歩かないと歩けなくなってしまう。そんな緊張感は嫌いではないですね』
男は自分を律するためにも、天気が良かろうが、悪かろうが、毅然として歩きつづけなければいけないのかもしれない。
だが、歩けなくなる不安が、黒雲のように心を覆うのを取り去ることができない自分がそこにいる。
雨が降っても、辺見さんは歩くのだろうか。外は曇り空である。

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