田舎暮らし

 

 こんな田舎へ来たのにここにも、コンビニエンスストアがある。

先ほどの曲がり角にもあった。

何処へいっても、どこまでいってもコンビニがある。

コンビニは文化である、と誰かが言ったが、コンビニが無いところを捜すのは、人が

住んでいない離島へでも行かなければ、駄目だろうと思うほどである。

確かに、買い物が本当に便利になった。

毎日の生活必需品は、大抵のものがそろう。極端にいえば、不便を感ずることが無く

なった。

食事にも困ることが無い。

コンビニの売り上げは、お弁当で成り立っているといわれているが、種類にしても、

手軽な価格にしても、朝から夜遅くまで店は開いているし、便利さと言う面において

田舎と都会の差が無くなりつつあるような気もする。

どんな田舎でも、手を伸ばせば、欲しいものに坐ったまま、手が届くのが普通になっ

てしまった。

不自由さを我慢する、忍耐の生活など消えつつあるのかもしれない。

 

 三治は実習先へ向かうバスの窓から、周囲を見渡した。

段々畑と、農家の家並みが四方を囲んでいる。

ふと、三治の頭に草原が浮かんだ。

コンビニは、騎馬民族達のパオに似ていると思った。

どこのコンビニもほとんど同じ形をしている。

簡易な長方形の平屋作り、上部はぐるっと、赤や青や白の帯看板で統一されている。

パオの屋根に目印の旗をたてている、そんなふうに見えた。

店の前は、ゆったりとした駐車場が整備されている。

そして現代の、鉄の馬が止まっている。

別の鉄の馬もエンジン音を元気よくふかし、次々と何台も入ってくる。

しばらくパオにとどまると、鉄の馬は、やがて疾風のように駈け、そして 去ってゆ

く。
パオであるコンビニも、絶えず移動を繰り返しているような錯覚さえ覚えた。

一体、鉄の馬に乗った戦士たちはどこを駆けまわっているのだろう。

 

 かって、騎馬民族は定住先を持たず、農耕地帯を略奪するか、あるいは征服し多く

の民族を従え、莫大な富と権力を握るのにその生涯をかけた。

いまはどうであろうか。

権謀と術策が渦巻く都会、そこにうごめく人々と、夥しい車社会は、まさに騎馬民族

の末裔たちの戦場のように映った。

 

 三治はかっては、自分もそうした戦士の一人だった、と思った。

単身赴任で、アパートを転々とした。

鞄一つ持ち、北は北海道から南は沖縄まで出張し、月のうち半分近くも旅をした時も

あった。

長い間、忠誠と服従の下で、まるで騎馬民族の戦士のように、毎日戦いに明け暮れし

てきたが今はそれもやっと終わった。

三治は自分が、戦士に向いていない、ということにおぼろげながら、ずっと気が付い

ていたが、鉄の馬に乗って駆けまわる以外に取り柄が無いことも、またよく知ってい

た。

それ以外に、家族を養い、生きてゆく手段もないことを、自分自身に納得をもさせて

いたのである。

「ようやく終わったな」、鉄の馬に毎日乗らなくてもよくなった時、三治は誰にも聞

えない小さな声で呟いた。

 

  バスのなかで隣の席の男が話しかけてきた。

「僕は東京からなんですよ。サラリーマンだったんですがね。この前、辞めちゃった

んですよ。

どうしても農業をやりたくて、・・・自然農法って知っていますか?

ほら、耕さず、雑草も駆除しない、種をまきそのまま育て収穫をする。

本持ってます? 収穫量は落ちますがね。

自然そのままで育てるんですよ。

その農法を実践したくて今勉強中なんです。

お宅はどちらから参加されたんですか?」

若い男が笑顔で話しかけてきた。人なつっこそうな、気さくな態度に溢れていた。

「幼稚園のこどもがいるんです。今は、家内が代わりに働いてくれているんですよ。

農地は当面借りるつもりなんですがね。

土地を手に入れるほど、お金もないですしね。

この研修会では、そんな空き家や農地の紹介もしてくれると期待してますよ。」

「しかし、休耕田らしきものが多いですね。借りられるといいんですがね」

 

 男は原田と名乗った。

三治と同じように、インターネットで「田舎暮らしの体験研修会」の募集を見つけ参

加したという。
最近は過疎の村がなんとか人を集めようと、知恵を絞ったセミナーや

研修会を企画している。

23日の研修会で往復の旅費、宿泊費、参加費などを含めると、そこそこの費用がか

かる。
それでも募集人員を超える応募があり、三治は抽選で運よく30名のなかに入る

ことができた。

年配の夫婦連れが多く、単身での参加は三治を含めごく僅かである。

定年後の田舎暮らしを!と希望する人たちが多いことを改めて目の前に見せられた思

いだった。

 

 実習初日の、移住10年目だという人の話はなかなか厳しかったが、夢もあった。

「農業で食っていくのは楽ではありませんよ。

まず一年半は無収入の計画を立ててください。

人と同じことをやっていてはだめですね。新しいアイデアも挑戦も必要です。」

「もっとも、ご参加の皆さんの顔ぶれをみると年金生活をベースに考えておられるよ

うな方も多いようですので、すこしばかり安心していますが」

「明日は、数班に分かれ実習先に向かいますが、それぞれに面白い生き方だと思いま

す。皆さんには初めての作物や育て方かもしれません。

楽しみにしていてください」

「あっ、それと言い忘れましたがこの辺はイノシシが田畑を荒らしまわっています。

荒れ地が増えてきたからますますイノシシが増えました。

イノシシにせっかく育てた作物をごっそりとられないような電気柵の設置も明日はよ

く見ておいてください。

もっとも、お陰で冬になれば、毎日と言うほど、しし鍋が楽しみですがね。」

みんながどっと笑った。

略奪するイノシシは騎馬民族だな、と思うと三治は別の意味で笑ってしまった。

 

 隣の席の原田という男の横顔をみながら、ここに集まった人たちは、農耕民族の末裔

たちに違いないと思った。

我々には遥か昔の農耕民族の血が今も流れている。

自然の中で作物を作り、草の匂いを嗅ぎ、豪雨や強風の猛威に為すすべもなくたちす

くみ、時に魚を釣り、家畜を友とする生活が当たり前だった。

ほんの100年ほど前まで、それがごく普通の庶民の日常だった。そんな生活が作り出す

空気が、狭い日本の国土のあちこちに今もなお、充満している。

人間は母の胎を出た時に初めて吸った息が、肺の一番奥深いところに残り、生涯新し

い空気と入れ替わらないという説を読んだことがあった。

その残った空気がその人を形作る一つとなっているとしたら、間違いなく誰も、いつ

かは、心のふるさとへ戻ってゆく。

自然と共に生きる生活へと。

 

 研修会の担当者がマイクで、次の実習先で降りる人の案内を始めた。

「おや、佐藤さん、私と同じ実習先ですか、よろしくお願いします。今度の朝日農園

はなんでも菜花の栽培を主にしているそうです。この辺では初めて手掛けたらしいで

すよ。

段々畑で収穫時期をずらすなど工夫が成功したらしいんですね。」

原田に声をかけられ、三治は網棚からリュツクを降ろすと、なかから帽子をとりだし

被った。

 

 憧れの田舎暮らしの第一歩にもなるかもしれないと思う期待が、三治をすこしばかり

緊張させた。

先ほどから、コンビニはもう見当たらなくなっていた。

不自由な生活のほうが人間らしいと思った。

自分で食べるものは自分で作る、そんな理想を「半自給自足」と勝手に呼んでいたが

もしかしたらここに夢が広がるかもしれない。

バスは段々畑のそばにある小さな、粗末な作業小屋の前で止まった。

受け入れ先の主人らしい人が麦藁帽子を片手に、手を振ってむかえてくれた。     
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