あなたが知らぬ間に借金が増えている

 

 「友あり、遠方より来る。また、楽しからずや。」である。
久しぶりに訪ねてくれた友人は忙しい合間をぬって、楽しい話題をたくさん抱えてきてくれた。
三代が同居している田舎のごく普通の家の家長として、とにかく毎日が忙しいという。
“いやーー、時間がいくらあっても足りない感じだね。
もう少し写経でもやって落ち着きたいのだが、それもなかなかできなくて”と、笑顔がこぼれる。
孫の幼稚園の送迎、家庭菜園、趣味の陶芸、読書、菩提寺の役員、写経、おまけに兎の飼育までやっているという。

 高校時代の友人だから、かれこれ50年もの間、付かず離れずの付き合いをしてきた。
仕事も定年をとっくに過ぎ、ますます元気に楽しく毎日を過ごしているという。昔から雄弁で理論家、どちらかといえば舌鋒鋭い物を持っていた。
だが、心優しく底抜けに明るいその性格は、誰からも好かれ、柔和な人物の性格のほうが勝って見えた。

 ひとしきり身の回りの話題で盛り上がったが、彼独特の理論で今の世の中をバッサリと切り始めた。
相変わらず彼らしい主張は、もうて面白く、唯ニコニコ笑顔で相槌を打っている楽しさに代わった。

 『今、増税論議が盛んになったが、君はどう思うかね。しかし与党も、野党も本当にこの日本の事を考えているか、はなはだ疑問に思えてくるよね。
だってそうだろう。消費税を10%にすれば国民が怒る。だから、増税を主張すれば選挙に負ける。落選すれば代議士でなく、「ただの人」になってしまう。
「ただの人」になれば2300万円の年収はなくなる。偉いといってくれる人もいなくなっちゃう。それなら、落選しないように、選挙に負けないように、国民に迎合するかのように「消費税10%、反対」って言っていたほうが代議士本人は得なのさ。

 気の毒なのは、事実をきちんと知らされず、雪だるま式に増えてゆく借金を背負わされている国民だね。
日本の国債の残高が今現在で860兆円あるんだよ。
あんまり額が多くて、なんだかよくわからないところがあるが、これほど国債が多いのは世界で日本だけなんだ。
国家予算のざっと10年分があるんだ。
今年の国家予算が92兆円、そのうち50兆円が国債。つまり半分を国債でまかなっているところがある。
こんな事を1990年から20年間も続けてきたのさ。
ギリシャの国家経済が破綻して、EUの援助を受けてやっと落ち着きそうだけれども他人事ではないのさ。

 このままでは、日本も破綻する。
政治家もそれはわかっているが20年も国債を発行し続けてきたんだ。
自分がやらなくても誰か他の政治家がやれば済むことだろう。
だから、損な籤は引きたくない。
自分は落選しないように「増税反対!」とだけ格好つけていっていればいい。国民に真実を知らせたってどうにもなるものでもない。
そんなふうに考えているように見えるね。
政治家も真剣に、国民の事なんか考えていないね。

 大体ね、「国債」なんていうから奇麗事でわからなくなってしまうのさ。
「国債=酷債=借金」なんだ。
いっそうのこと「国債発行高」なんていわずに「国民の借金額」といえばもっとわかりやすくなるのさ。
日本人一人当たりの借金がどのくらいあるかわかるかな。
ざっとした計算だが1億の人口と仮に計算すれば一人当たり、860万円になる。人口が減り、国債を発行し続ければすぐに、一人当たり1,000万円の借金になる。君の家は2人だから2,000万円。僕のうちは、爺さんばあさん、息子と嫁、2人の孫の6人家族。だから6,000万円の借金があることになる。
残念だが、日本経済はこの6000万円を「国債」を買っている外国の投資家、日本の郵貯銀行、その他の金融機関、機関投資家、等からいっせいに買戻しを請求されたら僕のうちは6,000万円、君の家は2,000万円、支払わなければならない。
本人がよく判らないままに、借金がとてつもなく増えてしまったんだ。
どの家もみんな同じさ、老人から、いま生まれたばかりの赤ちゃんまで一人一人が全員、1,000万円の借金を支払わなくては日本がつぶれるのさ。

 今年の国家予算を一人当たりに換算すれば先ほどの理屈で92万円になる。そのうち半分の50万円が借金になる。働いて本当の収入は42万円しかないのに、足りない分は借金さ。本当は、42万円しかなくて50万円は借金だが会社が社債発行して92万円払ってくれている、なんて訳の判ったようなわからない事を言って、とにかく92万円あるからこれで生活だ、って言っているようなものなのさ。
そんな借金生活を20年も続けて1,000万円に膨れ上がったのさ。
おまけに2%の利子を毎年払わなければならない。
収入の42万円のうち20万円が利子の支払いになる計算だ。
これってまともな収支かな。

【あなたが知らない間に増えた借金を支払ってください】そういえば、誰だっても怒り出すよね。
【借金を減らすために税金を増やしてください。】そういっても、国民は怒り出すだろう。そしたら選挙に落ちちゃうから、オブラートに包んで少し判りにくくしておこう、なんて政治家は考えているんだろうな。

 消費税を10%にしても、毎年増える分は5〜6兆円だといわれている。
老人福祉、医療費の増加分が7兆円と言われているからそれでも足りない。

借金は減らないのさ。
《事業仕分け》で無駄の排除を一生懸命やったが、とても単年度数千億程度で効果は上がらない。
税金は増えることは嬉しくないが福祉が充実したフィンランドの消費税に似たような税金の率は32%だときいた覚えがある。
日本も我慢が必要かも知れないね。
子どもや孫に借金を残していくべきではないと思うな。
これから借金が増えないように無駄と思われる事を思いっきりやめて、我慢もすることも必要さ。
そして、一人当たり1,000万円の借金をすぐに返し始める事を、政治家がはっきりと国民に提示しなくちゃおかしいと思わないかい。
政治と金、なんて自分だけいい目を見ようとする政治家の世界にがっかりするよね。子孫に美田は残せないが、借金の付けは残しちゃいけないよ。
早くしないとギリシャの二の舞だよ、な、そう思わないかい。
二世議員は責任重大さ。だって親父が作った借金を自分は知らん顔して、自分も借金して、次の時代に付けを全部回そうとしているみたいだもの。

 オリンピックで金メダルをもらったら議員になって経済再建の金メダルが取れるのかな。「ピンチだ、ニッポン、ガンバレ、チャチャチャ」って言っていても誰も面倒見てくれないよ。
国債を発行して誰か儲かっているのか?ってことは、話してなかったよね。
誰だと思う、大金持ちさ。そして国内外の機関投資家、郵貯銀行、金融機関さ。今度の郵政改革の預かり額限度額2,000万円にしたって、国債の買い付け額を増やさせる政府の謀略じゃないかと思うんだ。
郵貯銀行の預かり額が増えれば、国債を発行しても黙って引き受け手になってくれる。政府は、安心して国債をどんどん発行できるからね。
郵貯銀行は国債の最大の持ち主なんだ。無利子でお金を集め、絶対安心な国債に投資する。そうして儲ける。
貧乏人は関係のないところで儲けている人たちもいるって事さ。』

 彼の話を聞いていて、ふっと頭に浮かんだ句があった。
【おもろうてやがてかなしき鵜かいかな】
芭蕉の俳句だったなと思い出した。
団塊の世代は川鵜だったといえるかもしれない。成長経済という鵜匠に綱でつながれ、水底に潜り、一所懸命に魚を取った。採っても採っても吐き出さされ、自分の胃袋には残らない。
そのあげく、働き方が足りなかったといって借金を背負ってしまった。
なんだか、そんな鵜になったさびしい思いがした。

 彼の説が全部正しいとは思わないが、いつものように妙に説得力があり身につまされた。
だが、もう現役で働いて魚を採る鵜でもなくなった。まるで烏にでもなってしまったようだった。
鵜も烏も真っ黒で、鳩のように役立つでもなく、孔雀のように愛玩用になるのでもない。鶏のように卵を産んだり、食用肉になれるのでもない。

【大井川いぐいにきたる山烏うのまねすとも魚はとらじな】

うろ覚えの和歌が口を付いて出た。
国債などといわずに借金と言うようにすれば、もっと日本の危機を国民全部で共有できるかもしれないと思った。いつか笑顔は真剣な表情になっていた。
帰ってゆく友の方向とあわせるように、烏が黙って飛んでいった。

 
友の部屋」目次 トップページ