一日なさざれば

 たまたま用事があり、帰省していた息子の運転する車に同乗し、すこし遠出をした。
時間を調整するために、暑い時だったので、涼を兼ねながら賑やかな街の広いスーパーの売り場を散歩していた。
2年ほど前、病に倒れ、奇跡的に命は助かったものの半身麻痺が残ってしまっている。
自由になる左手に杖を持ち、不器用に片足を引き摺りゆっくりと、何を見るでも無しに、ぶらぶらと歩いていた。
医者からは、“毎日、とにかく歩くように”、と指示されているが、ほとんど守れないでいる。
歩く気になった時には、頑張って歩こう、そんな気持であった。
広い売り場をあてもなく歩く姿は、他人からは随分目を惹く姿に見えただろう。

 偶然昔の知人に出くわしたのもそんな時だった。
一目見てあまりの変りように驚いたようだったが暫く立ち話をすると、すぐ近くだからちょっと寄っていかないか、と半ば強引に誘われた。
住宅地にある一軒家は堂々とした立派な家だった。
今年で男性の平均寿命になったというが、相変らず笑顔を絶やさず、元気そのものである。
若い頃少し年が離れていたが、共通の友人の紹介で知り合い友達づき合いとなり今に至っている。
彼のお父上という人は、旧帝大の出身で官僚となり、退職後、大学の講師や外郭団体に勤め、文化勲章まで貰った人である。
文化勲章受章の時は記念品だという、「家紋入りのカフスボタンとネクタイピン」をわれわれまでいただいた。

 一人っ子のお坊ちゃんという感じであった。
しかし彼には若い時から、そんな華やかさは一切見えなかった。
言ってみれば、「平々凡々」を地でゆく生活ぶりだった。
詳しいことは語らないが、とにかくようやく入った大学も、途中でやめてしまったようだった。ルックスの良さは抜群で、大学生時代映画会社のスカウトに声をかけられたほどだったという。
地元にもどり、本当に小さな会社に勤め、平凡な暮らしに徹した。
定年後も出しゃばらず、身の丈に合った暮らしぶりという感じであった。
ただ、外側からは何の苦労もない、幸せな人生を歩んでいる人にしか見えない暮らしぶりは、さわやかな印象を与えていた。
息子さんも成人し幸せな家庭を築いていたし、奥さんと住む二人だけの住まいも、まだ建築して新しいものである。しかし、この家は遠くにいる息子さんが、将来自分たちが住むために、建てたもののようだった。
事情を知らない人には、悠々自適な、豊かな生活とは、このようなお宅のことであろうと思わせていた。

  暫く、話を聞いているうち、意外な言葉が耳に飛び込んできた。
「元気な、幸せな、老人天国」という、世間で絵にかいたような浮いた話とは違う、謙虚な、つつましやかな、生き方の実践の姿が見えてきたのである。
日本の国のおかれている現状をしっかりと見つめていたし、政治のあり方についても一家言を持っていた。
なによりもその中で、今の若い人たちの行く末を案じていた。
そして自分たち老人はどうしなければいけないのか、真剣に考え、静かに行動に移していたのである。

 長寿は喜ばしいことであるが、国家にとっては今のままでは老人の負担が大きくなりすぎ経済的にも、国力の活性化にもブレーキになりかねないこと。

このままでは、若者の負担がますます増え、ヘルマンヘッセの「車輪の下」のような夢や、希望を失わせることの重圧を与えるだけになりかねないこと。
今ひそかに囁かれているのは、「老人栄えて、国滅ぶ」という危機感であるということ。
しかし、政治は、900兆円のも赤字国債を抱え、経済成長にも世界的陰りが出、混乱期にあるのにも関わらず、耳に響きの良い、選挙に勝てる政策、すなわち老人医療改革や、農業、漁業補償、そして、増税論の後回しや、子ども手当などを声高に叫んでいる。
挙句の果てに、党派間の争いである。
4年間に4人も首相が変るという世界の信用をなくすような異常な事態に至ってもなお、個人の利益だけを優先した政治の主導権争いが収まらないのである。

 決して豊かな年金生活とは思えない彼の生活から出てくる言葉は、「自分たち老人は貧しくてもよい、この国に住む若い人たちが明るい希望を持てるようにすることだ」と言いたかったのである。
所有欲を極端に制限している。欲望を抑えているよりも、何もないことに、満足をしている自然体に見える。
立派な外観のお宅から想像もつかないような質素な生活ぶりである。清潔で、さっぱリとしているので、すぐには気がつかないが、よくみれば、質素な衣服である。奥さんも普段着は自分でミシンがけして作っているという。
部屋に似合わない、歴史を経たような、ごく普通の古いテーブルと椅子は、壊れるまで使わせていただく、という信念が漂っていた。
これも古い電気釜と冷蔵庫があったが、部屋の中は小ざっぱりと、余分なものは何もないという感じだった。
食事も、老人二人の粗食だ、と笑っていた。

 「お陰さまで今は健康が与えられている。しかし、自分も、もう平均寿命を過ぎた。もう十分生かしてして貰った。しかし、だからと言って残念ながら自分の自由に寿命をコントロールできるわけではない。
後は、せめて、みんなに迷惑をかけずに、医者にかかる費用も出来る限り少なくすることぐらいだが、そんな意味で健康には努力しようと思う。自分も家内も、病気になったらごく自然な処置だけにして欲しいと頼んでいる。手術もいらない、延命治療もいらない。そうすることで国の社会保障費を少しでも少なくできる。こんなことを言うと、電話では息子に、命や親子の情は、そんな割り切ったものではないと説教されているがね。それでも医者にはやんわりと、そうはたのんでいるのだがね」、・・そう言って話を終えた。

 謙虚に生きる。質素に生きること、それが彼ら夫婦の生き方だった。
人間の一生とは、他人に、自然に、迷惑をかけずに、分をわきまえて生かしてもらうこと、この世にあるつかの間の生を感謝することである。
の世でどんなに栄耀栄華を極めても、どうせあの世へ持って行けるものなど何もないではないか。
すべてこの世のものは、所詮、借り物にすぎないのである。
老人たちが多くを握っていたら、若い人たちに申し訳ない。
最低限生きるに必要なものだけ傍らに置き、それで満足することをもう一度良く考えてみる必要がありはしないだろうか。
彼のつつましやかな生活ぶりを見て、改めて反省をし、自らの至らなさを痛感もした。
自分たちだけのことを考えず、余ったわずかなお金を人のために使う。

 「老人栄えて、国滅ぶ」ことに、ささやかに抵抗し、「老人滅びても、若い人たちが栄える」ことを、ほんの些細なことから実践する先輩に、改めて敬意を表した。考えてみれば、このような老人たちが、自分の身の回りには大勢いる。
仲の良い友人がそうである。増税もやむなしと考え、困っている人がいると聞けば見舞いに行き、話し相手になっている人がいる。
里山に住む一人暮らしのおばさんもそうだった。ご主人が亡くなり一人になると、ボランテァにかけずり回っていた。
自分のことで恐縮だが、母もそうだった。一生辛酸をなめ、恵まれることのない人だったが、年をとり他人に言えないような苦しみを抱えながら、困った人には出来る限りの援助をした。
自分は狭い庭に自生する蕗を摘み、食べ,自分で作った、どくだみ茶で我慢をしながら節約し、他人への援助をする人だった。

 聖書に次のような教えがある。

『あなた方は地上に富を積んではならない。そこでは虫が食ったり、さびついたりするし、また盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は天に積みなさい。
そこでは虫が食うことも、さびつくこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。
あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのである』
         (マタイによる福音書
161921

 この話を想い出しているうちにもう一つの話が浮かんできた。
キリスト教と仏教であるから、何の脈絡もないはずであるが、底でつながっている人間の生き方がどうも同じように感じられるのである。

「一日なさざれば、これを食わず」という話である。
禅語だったと思うがこんな話であった。
ある禅寺に年をとった和尚さんがいた。毎日、朝起きて寺の庭を掃き、終わると読経をするのが日課であった。あまり年をとったので弟子の坊さんたちが和尚さんに庭掃除の日課を止めさせた。
すると、和尚さんは、朝から食事をすることもやめてしまった。
一日中何も食べないのである。
弟子たちが驚いて和尚さんに理由を尋ねた。
すると和尚さんはこう答えた。
「一日なさざれば、これを食わず」・・・と。
禅の話であるので、単に“働かざる者、食うべからず”的な単純な解釈ではなく、もっと深遠な思想があるのであろうが、何となくわかるような気がするのである。
どんな小さなことでも良い、自分のためでなく他人のために何かを為したのかと、問われているように思ったのである。


 
思いがけず訪ね、持てなしていただいた、心づくしの一杯の冷茶と、小さな茶菓子。

それは〈足るを知る〉心を持ったとき、万感のもてなしとして、心に迫りくるものであった。
所有欲を思いっきりそぎ落とし、何も持たずにいても、心は満ちたりている。
本当に平々凡々な、名もない庶民の皆の心がそうなのだ、と思った。いま、多くの老人たちは自分たちの利益ばかりに右往左往しているのではなく、必要とあれば、将来を背負う若者のために、自分たちは、より貧しさに耐えようとしている。
老人たちが、自分のことよりも若い人達のことを、そして国の将来を真剣に考え、つつましやかに身を処しているのである。
日本も捨てたものではない。心はそれぞれの、『一日なさざれば』、であると考えているのである。

 

 彼にあって、話を聞き、その日は、一日中さわやかに明るく過ごせた。
心から先輩たちに言おう。
ありがとう。改めて僕も皆さんの心の仲間に入れていただきますと。

友の部屋」目次 トップページ