八ヶ岳の雑木林を訪ねて

 

 紅葉の季節をすこし過ぎたのだろうか、途中の道筋は落葉した木が多くなってきた。
それでも、ところどころに点在する黄色や赤に色づいた木々は冬の訪れを告げているように、そして秋の名残を惜しんでいるようでもあった。
朝、家を出るときにはそれほどでもなかった気温もここへ来ると寒く感じる。
やっぱり山の中は平地よりも温度がぐっと低いんだな、と実感する。持参したジャンバーに冬の気配が入り込んできた。

 友人が運転する車で、3時間近く走り続け、山梨県北杜市大泉町にある「八ヶ岳倶楽部」を初めておとずれた。
駐車場は満車に近く、車で溢れんばかりであった。
俳優の柳生博さんが作り上げた雑木林。そして自然に溶け込むように、レストランやギャラリーが静かに、林の中に建っていた。
派手さは一つもない。花壇もなく、自然だけが大切にされた広い雑木林。
手入れが行き届いた林の中には自然のぬくもりが漂う。
線路の枕木を隙間なく並べた歩きやすい木道がぐるりと散歩道を作り、訪れた人々に自然の憩いの一時を与えてくれる。
紅葉は散ってしまったが、丹精込めて植え、育てた白樺が今日の主役のように、微笑んで立っている。

 THANKS 20th”  さりげなくささやくように並べられた文字が、「八ヶ岳倶楽部」ができて20年を表わしている。
木を植え始め25年を経て、落ち葉がカサコソ呼びかける雑木林が出来上がった。
自然を愛し、自然と共に生きることへのあくなき努力と、人知れぬ苦労がこんなにも穏やかな空間を作り出したと思うと、「木を植えた男」の話をふと思い出したりした。    

 「八ヶ岳倶楽部」は、広い雑木林の自然の庭がメインテーマだが、訪れた人たちがゆったりと自然と向き合い、癒しの時を過ごせるようにいくつかの建物がある。
お茶と軽食のレストラン、可愛い小物から大きな家具まで、てづくりの作品を展示販売しているギャラリー、様々なジャンルの作家たちの個展の場となるステージ、野草や園芸道具や雑貨を並べた中庭、どこもかしこも木のぬくもりがいっぱいに詰まっている。

 ギャラリーの中には、柳生博さんの息子さんの信吾さんがいた。
NHKの趣味の園芸で何度も拝見しているので一目で彼だとわかる。
トレードマークのようなテンガロンハットを被り、自分の著書にサインを一所懸命にしていた。
何度もここを訪れている友人はまるで隣の人にでも声をかけるように気軽に挨拶を交わす。
気さくに応える信吾さん、記念写真にも自然に応じ、ごく普通の人のように振舞っている。
喧騒と虚飾の中に生きるであろう芸能人の顔はどこにもなかった。
自然と共に生きることの優しさがゆったりと伝わってきた。

 だが、自然は何時も優しいばかりとは限らない。むしろ、過酷な状況にさらされ、人間の無力さを思い知らされる時のほうが多いだろう。
この雑木林もそんな積み重ねが繰り返され、やっと今、美しさを醸し出しているのではないか。
ここにいる人々もまた、穏やかさと、優しさの裏に、そっと秘められたドラマをきっといくつも隠し持っているに違いない。
そう思うと若いスタッフたちに温かな親しみさえ湧いてくる。

 50歳代の前半のころ、妻と二人「田舎暮らし」のセミナーに東京まで出かけたことがあった。
柳生博さんの講演は八ヶ岳で暮らす生活のことであり、木を植える話だった。
岩がごろごろしている溶岩台地、そこに木を植える一人の男がいる、そんなイメージの柳生博さんを勝手に心の中に抱きはじめた。
「八ヶ岳倶楽部」は田舎暮らしをする、仲間の集まり、そんな思いをずっと持ち続けていたが今、現実に出会い、想像とは懸け離れた明るく温かな田舎暮らしに、若い頃の夢が思い出された。

 大きなガラス窓に囲まれたレストランに入って雰囲気の素晴らしさにびっくりした。
静かな落ち着いた店内、キビキビとした若いスタッフたち。
薪ストーブが燃え、テーブルの上に置かれた品の良い飾りが揺れる。
無垢の木材で作られた、大きなテーブルとゆったりとした椅子。
北欧調に作られた、がっしりした形、落ち着いた濃い木目は不思議な静けさを作り出している。

 友人がオーダーした紅茶とケーキの豪華さに圧倒された。
〈雰囲気にのまれる〉、と言うがまさに自然に飲み込まれたのかもしれない。
透明なガラスのティーポットの中には何と半分ほども果物が薄く刻まれ入っている。
リンゴ、オレンジ、メロン、キウイ、いちご、巨峰、レモンの7種類の果物にインド産のニルギリ紅茶がはいり、これも透明なガラスのランプで温められている。
卵一個ぐらいが入るほどの小さなガラスのカップでゆっくりと紅茶を飲む。
窓の外は中庭でやはり雑木林が見える。
大きなお皿には和栗の握りこぶし大のモンブランが載っている。
滅多に口にしたことのないケーキで至福の時をすごす。
おそらく都会に行けばどこででも味わえるものなのだろうが完全に雰囲気が全てを支配し、心を満たしてくれた。


 
「風」という歌が突然思い起こされた。

 

「人は誰もただ一人 旅に出て 
人は誰もふるさとを 振り返る

ちょっぴりさみしくて 振り返っても 
そこにはただ風が 吹いているだけ

人は誰も人生に つまずいて       
人は誰も夢破れ 振り返る

プラタナスの枯葉舞う 冬の道で    
プラタナスの散る音に 振り返る

帰っておいでよと 振り返っても   
そこにはただ風が 吹いているだけ

人は誰も恋をした 切なさに      
人は誰も耐え切れず 振り返る」

 

初冬を思わせる雑木林の中で、【人生は旅だ】という言葉がなぜか心に深く浸みこんでくる。

 ストーブの薪を斧で割る作業を、若い男性のスタッフが黙々とこなしている。
雑木林の老木が薪になったのだろうか。
木もまた、長い旅を終わり、赤い炎となってその一生を終る。
外の寒さも、風の音も聞こえなくなり、まわりに最後の温かさを届けて、老木も、薪となり全ての役目を終えるのだ。
「私もやっと最後の務めを果たしました。」
温かな、満足そうな声が、素敵なデザインのストーブの中から聞こえてきそうな、静かな昼さがりだった。



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