「マジパン」にならって、真直ぐに!

 

 情報化のあまりに早い、高度な進歩、発展には私達「時代遅れの世代」にとっては、ただ驚きの一言に尽きる。
例えば、つい最近の事象でいえば、チェ二ジアの政変、エジプトのムバラク独裁体制の崩壊、があり、更には、中国の反日デモ、ウィキリークスによる秘密漏えい事件等、インターネット社会が作り出した、若い人々が社会の構造を根底から覆す出来事に発展している。
 こうしてエッセイを書いている間にも、エジプトの政権崩壊が、中東の各国々を直撃し、インターネットで若者を中心に、モロッコ、アルジェリア、リビア、ヨルダン、バーレーン、イラン、イエメンの国々で政権打倒・王制打倒のデモに拡大しつつある。
情報化の際限のない進歩は、世界の政治体制まで瞬時に変えつつある。

 また、身近な日常の変化をひろっても、i-phoni-pad、ツイッター、携帯電話、電子書籍等、とどまるところを知らない発達ぶりである。23年たったら何が起こるのだろう?
どんな機器が現れるのだろう?
想像すらできない激しい変化の中に、今、私達は身を置いているのである。
 Skypeもその一つと呼んでもいいかも知れない。
パソコンさえあれば、インターネットでただ同然に、テレビ電話のように何時間でも通話ができる。日本国内にとどまらない。外国でも費用はかからずに、通話ができる。言ってみれば、国際電話が、ただになって、しかもテレビ電話になった、と言ってよいだろう。
ただし、外国語ができれば、の話であるが。
このSkypeも友人に教えてもらい、私も“テレビ電話”の輪を広げつつある。
とにかく、何時間話しても、通話料は無料なので、無駄話が、し放題である。
 
 ある時、ある友人と話している時に、“確定申告の時期だな”、ということになった。

退職し、収入は年金だけになったが、所得税は年金から天引きであるので、確定申告が必要になる。
「微々たる税の調整申告であるが、キチットするのが国民の義務だと考えている」、そんな話になった。
 友人は、週2回であるがアルバイトをしており、奥さんも月数万であるがアルバイト的な収入を得ているという。
友人は、国税庁の確定申告のホームページを利用し、何時間もかけて確定申告書を作って、源泉徴収票、医療費控除等の書類も貼り、封筒を作り、糊で封をして今年の確定申告書の提出準備が終わった。本当に国や税務署から見たら、微々たる金額の調整申告である。
 ところが作成し終わってから、奥さんのアルバイトの源泉徴収票が来たという。
数十万の所得であるが、配偶者控除額が少し異なってくる。税は当然増える。
しかし、その額は、言い方は悪いが、数千円変わるかどうかで、国や税務署にとって、計算ミスの範囲内で許されるような金額である。
逆に、医療費の領収書紛失や、寄付金の領収書無し等を考えたら、税金の納め過ぎだってあるかも知れない、誤差の範囲内の金額である。勿論、納税者たる年金生活者にとっては、数千円と言えども貴重な額であることには違いないが。
したがって、これから新規に作成するならいざ知らず、もう作成済みの確定申告書を、もう一度、何時間もかけて、作りなおさねばならない程に重要な問題ではないような気もする。
ところが、友人は、〈税を多く納めるため〉に、全部作り直した。
「国が税収不足で困っている。当然の申請だ」と、言うのである。

 正論である。当然、過ちはすぐに訂正し、正しくすべき事項である。私もサラリーマン時代の仕事なら、有無を言わさず、時間を掛けてでもすぐに作り直しただろう。
しかし、定年退職者であり、年金生活者である。
個人的には納税を厳格に果たすために、しかも、国あるいは税務署にとって誤差の範囲内で許される微々たる金額を、全部作成し終わったものを、また、1から作成し直さねばならない程、重要なことであろうか。それほどまでして、厳密に確定申告書を作りなおさねばならないのが、年金生活者の義務というのであろうか? 一瞬、耳を疑った。
「政治家をみて御覧。4億円もの資金の違反に、責任どころか居直りすらしているよ」・・・そう、言ってやりたかった。
が、喉まで出かかって、言葉を飲んで黙っていた。
そうだ、彼はサラリーマン時代「マジパン」と呼ばれた、一途な男だったことを思い出した。

「マジパン」とは、私達の世代しか通用しない言葉かも知れないが〈真面目がパンツをはいて歩いている〉、から来ている言葉である。
真面目な人間、とは決して特殊な人間をさす言葉ではない。
当時の、ごく普通の平均的日本人の姿であった。
ただ、コツコツ働いて、自分の分をわきまえて生きる。
そんな日本人の姿をさす、ごく普通の言葉だったのである。
彼は、いまだにその「マジパン」の姿勢を変えずに生きているのである。
《変わっていないな》、そう思い拍手を送りたくなった。
庶民のささやかな真面目さが、当たり前のように息づいている、当たり前の事であるのだ、とその昔の生き方を振り返って見たりした。

 なぜか、ソルジェニーツィンの友人の話が思い浮かんだ。
ソルジェニーツィンとは、ノーベル賞を受賞したロシアの作家である。
旧ソ連邦時代に、ソ連の人権無視を描き、ソ連全体が収容所であるという告発小説の「収容所列島」という本を書いた。
当然、国からは、迫害を受けた。それは激しい迫害であり、寝るところすらなかった。ソルジェニーツィンを援助する友人たちにも迫害はおよび、誰も恐れをなし、援助すら止めてしまった。
つい最近の、中国のノーベル賞作家の、 暁波(りゅう ぎょうは)氏に対する、当局の激しい弾圧に酷似していると言えるだろう。
 しかし、寒さに震え、納屋に寝るソルジェニーツィンに一人の高名な友人の音楽家が援助を与え続けた。残念ながら、どうもその人の名前が出てこない。
音楽に詳しくないことと、近頃特に忘れっぽくなったからである。ごめんなさい。
 当然、音楽家に対する、当局の激しい弾圧が始まった。
例えば、音楽会を開催し、会場を準備し、全て準備も終わり音楽会の開催日となる。
しかし、会場には誰ひとりとして、観客が来ない。
会場には当局によって、すでに「本日の音楽会は中止となりました」という張り紙が貼られていた。誰も来ないはずである。
こんなことは、無数にあった。それから、間もなくソルジェニーツィンは、ついに国家反逆罪で国外追放となり、祖国を離れアメリカに渡った。

 20年後ソ連邦崩壊で思想犯も許され、ソルジェニーツィンはゴルバチョフにより名誉回復がなされ、ロシアに戻ることができた。その時に非常に興味あるあるインタビューがあった。あの援助した音楽家にマスコミが、「ソルジェニーツィンが苦難の時に、どうして自分の身の危険を顧みずに援助したのか」、質問したことがあったのである。

 すると、音楽家はこんな意味の事を言った。
“最後の時に、きっと、「お前は正しいことをしてきたのか」、と聞かれるだろう。その時に恥ずべき行いが無いようにしただけのことさ”・・・・・と答えたという。

 日本的にいえば閻魔大王の前にでた時、〈正しく生きてきた〉と、申し開きができないような事が無いようにしているだけさ、といえるだろう。

 旧ソ連時代は、宗教も弾圧を受け、無宗教が当たり前であった。音楽家がキリスト教(ロシア正教)を信じていたかどうか、まったく判らない。
 同様に、確定申告を作りなおした友人の真面目さも、神、仏に対する信仰が根底にあるのかどうか、それも判らない。
でも、何となく、その真面目な、損得を考えずに行動する背後に、良い意味で、人間を超越したなにものかに対する、畏怖がちらりと、見え隠れする。
こう言う考え方こそ、人間を人間たらしめる最も自然なもののようにも思う。
 だが、私達が若い時から、持ち続けてきた、このような〈人間を超えるもの〉に対する畏怖が次第に狭まり、科学万能が人間の心まで制御するようになってきたように感じてならない。
 例えば、急速に進歩した医学は、生命を神秘でなく〈科学の一つの事象〉として私達の目の前に提示してくれる。「ゲノムの全塩基配列を解読」、は生命体を科学の目から眺めさせてくれる。
また、天文学は宇宙科学へと進み、地球の成立さえ解明しょうとしている。

 そして、それらの知識もまた、インターネットで瞬時に、世界中の最新情報として欲しいだけ、簡単に手中にできるようになった。
非科学的なことは、排除され、目の前で確認できることだけが真実と認められる時代になったのである。
それは、それで正しいのだろう。
だが、果たしてその進歩が、全面的に人間の幸せの実現に機能しているのか、古い人間には、チョイと小首を傾けさせはしないだろうか。そんなことを考えながら、パソコンに向かった。
確定申告を正しく作るために。

 私の場合、全く簡単なものだが、左手だけで作業をするので、半日はかかるかもしれない。
結果の税額調整金額は、きっと国や、税務署から見たら、どうでもいいような金額であろう。だが、「マジパン」にならって確定申告をし、〈人間を超えるもの〉に「お前は正しいことをしてきたのか」と、いつか聞かれた時に“はい”と胸を張って答えられるのもわるくない事だと、嬉しくなった。


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